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Re: 御室仁和寺

 投稿者:キタハリ  投稿日:2011年 4月15日(金)22時31分33秒
返信・引用
  > No.3132[元記事へ]

Hitoshさん
そうです。1枚目、2枚目共に仁王門です。この門をバックにかなりの方が記念撮影してました。近くに金閣寺もあるので一般の観光客はもちろん、学生さんもかなり多かったです。ただ、ここでも外国人の方は例年と比べてかなり少なかったです。

 2枚目は、国宝の金堂です。
 
    (Hitosh) 今度は国宝の金堂ですね。

もと皇居の正殿だけあって、さすが品がありますね。
仏堂とは思えません。
 
 

背割堤

 投稿者:Higurasi  投稿日:2011年 4月15日(金)00時33分31秒
返信・引用
  こんばんは。
先日、京都府八幡市の背割堤へお花見に行ってきました。
快晴の青空ときれいな草地に、桜が映えてとても美しかったです~
大阪はそろそろ散り始めです。そちらはどうでしょうか。見納めにどうぞ(^_^;

http://homepage2.nifty.com/manhole/

 
    (Hitosh) 八幡市の背割堤の桜、スケールが大きく見事ですね。
この川は淀川ですよね。
調べてみましたら、桂川、宇治川、木津川の
合流地点の近くなんですね。

此方横浜の桜は大分散ってきました・・・
見納めの写真ありがとうございます(^_^)


 

御室仁和寺

 投稿者:キタハリ  投稿日:2011年 4月14日(木)23時05分50秒
返信・引用
  本日の画像です。周辺の桜は、風でかなり散ってました。ただ、御室桜は遅咲きなのでこれから徐々に咲き始めるようです。


 
    (Hitosh) 遅咲きで知られた御室桜は、これからなんですね。
こちら、横浜は大分散ってきました。

一枚目の写真は仁和寺の仁王門ですね。
大きいですね。
京の三大門の一つと言われるだけのことはあります。

五重塔とともに家光が建立したのですね(驚)
 

北茨城 02

 投稿者:雑魚  投稿日:2011年 4月14日(木)17時12分58秒
返信・引用 編集済
  > No.3129[元記事へ]

▼キタハリ様:
> 今回の東日本大震災後も、いまだに規模の大きい余震が広範囲で続いてる

今朝も目覚まし代りに揺れました。余震の規模は、先月の本震と比較すれば、格段に
小規模ですが、震源地が陸に移りつつある様に見受けられ、直下型ともなれば相応の
被害が出ると予想される手前、今の処は、原発以上に要注意です。

============================================================================

画像は、一部が再掲出となりますが、北茨城市磯原の大北川河口の辺りです。茨城で
津波の被害が顕著だったのはこの辺りらしく、防波堤を越えた津波が、国道六号線や
常磐線を呑み込んで行く様子を、地平レベルという、際どい視点から撮影した映像が、
動画投稿サイトで紹介されており、見慣れた風景が豹変する様子に言葉を失いました。
 

Re: 京都 東山

 投稿者:キタハリ  投稿日:2011年 4月14日(木)07時29分8秒
返信・引用
  > No.3127[元記事へ]

先日(10日)の午後、東山区内で撮った画像です。
Hitoshさん
前回の舞妓さんの画像は、八坂神社近くの安井神社というところで撮ったものです。

阪神大震災の直後も余震はありましたが。今回の東日本大震災後も、いまだに規模の大きい余震が広範囲で続いてるということなので心配です。
 
    (Hitosh) 今回の写真は、渋いですね。
なかなか良い雰囲気です。

安井神社って、縁切り縁結ぶの巨石(碑)があるところですよね。
正しくは、安井金刀比羅宮・・・

確認してみましたら、祭神は崇徳天皇、源頼政と、
大物主神なんですね。
 

北茨城 01

 投稿者:雑魚  投稿日:2011年 4月12日(火)13時05分48秒
返信・引用 編集済
  例年より一週間ないしそれ以上遅れましたが、水戸でも桜が見頃を迎えつつあります。

============================================================================

かなり以前に紹介した画像の再掲ですが、上・中段画像は、北茨城市の大津魚港です。
落日点が最も南寄りとなる師走に限り、この様に、西日が絡む情緒豊かな港の風景が
見られますが、先の震災により、当分、御預けとなってしまいました。

下段は、六角堂が流失した五浦海岸の高台から、福島県いわき市域の鮫川河口付近を
遠望したものです。画像施設は、常磐炭鉱で産出した石炭の利用を前提に、東京電力・
東北電力が共同出資で建設した「常磐共同火力」勿来発電所です。先の震災で一部が
損傷しましたが、夏までに復旧する旨、昨日報じられました。その後、夕刻になって
この辺りを震源とする M7.0の地震があり、つい先刻も、同様の揺れを観測するなど、
先行き、色々と御苦労もありそうです。

乗客が避難した後の常磐線電車が津波で流された福島県の新地町にも、東京・東北の
両電力会社による同趣の発電所はあるそうです。原発問題も然る事ながら、電力供給
そのものがどうなるか、案じられる処です。
 
    (Hitosh) 浜通り、大きな余震が続きますね。
雑魚さんの方は、大丈夫でしょうか。

浜通りは、今まで殆ど地震のなかった地域ですが、
今回ばかりは頻発しております。
段々首都圏に震源が近づいている感じもします。

勿来発電所は、今、休止中なんですね。
早く復旧すると良いですね。


 

京都 東山

 投稿者:キタハリ  投稿日:2011年 4月10日(日)22時44分22秒
返信・引用
  本日の京都市内です。東山を中心に撮ってきました。観光客は多いのですが、外国人観光客が少なかったように感じました。  
    (Hitosh) 京都・東山の写真、ありがとうございます。
桜も良いですが、だらりの帯も良いですね。

外国人と言えば、東京の銀座も、何時もは大勢の買い物客が
きているのですが、大地震後は殆どおりません。
節電の影響もあり、照明も暗いです・・・

一日も早い復旧を祈るばかりです。

 

周防大島・五条千本桜

 投稿者:孫右衛門  投稿日:2011年 4月10日(日)21時25分59秒
返信・引用
  今月に入りこの時期らしい陽気を取戻したこともあり、桜が一気に満開にまで達しました。
これは山口県周防大島にある千本桜というちょっとした名所です。
海岸から少し離れた高台沿いに走る道路に無数に植えられた桜が海面をバックに非常に見映えのするところです。
探訪記も県北・栗原地方に達しましたね。この付近が本震では最も激しかった地区です。桜前線が早く届いてほしいものです。

http://www8.ocn.ne.jp/~kyosyu/

 
    (Hitosh) これは見事な景色ですね。
千本桜と言うのですか・・・

千本桜と言うと、昨年行った「一目千本桜」(宮城県大河原町)を
思い出します。
白石川沿いの見事な桜並木でしたが、東日本大地震で、
今年は、花見どころではないでしょうね。

旧奥州街道は、今、昨年末に行った栗原市を纏めておりますが、
旧築館宿は震度7を記録しているのですね。
信じられないほどの大きな地震です。

築館の被害の程は良くわかりませんが、
一日も早い復興を祈るばかりです。
 

人吉城跡

 投稿者:Higurasi  投稿日:2011年 4月 9日(土)22時28分6秒
返信・引用
  Hitoshさん、こんばんは。
すっかり春めいてきましたね。通勤もコートを脱いで身軽になりました。
原発、そして被災地の状況が気になりながら、先日まとまった休みを取る機会があって、
鹿児島県北部~熊本県南部を訪ねてきました。人吉城跡の桜は関西より一足早く、ご覧の
通りもう満開でした~

http://homepage2.nifty.com/manhole/

 
    (Hitosh) 人吉城の写真ありがとうございます。
すっかり、春ですね。
こちらも、やっと満開になりました。

この石垣が、有名な「武者返し」と呼ばれるところですか。
写真では、一寸わかりにくいですかね。
 

石巻

 投稿者:雑魚  投稿日:2011年 4月 7日(木)09時58分16秒
返信・引用 編集済
  > 志津川なんて川はないのにと思って調べてみましたら、古名・清水川とありました

沿岸部で「清水川」と聞くと、青森県平内町に所在する、青い森鉄道(旧東北線)の
清水川駅をします。同名の河川の有無は不明ですが、志津川の例と符合めいたものも
感じます。なお、陸奥湾の内側では、地震発生直後にTV各局で表示された津波警報
発令域を示す日本列島地図でも、対象とならなかった様子ですね。

> 南側の神割崎は印象的でした(中略)津波の時は、想像するだけでも恐ろしいです。

この時は、大谷海岸での海水浴に時間を割いた為、神割崎は割愛して、国道45号線を
石巻方面へと向かいました。掲出画像は、旧河北町域での北上川の様子です。上段は、
河口が近い割には山がちな印象を受けますが、こちらは氾濫防止を目的に、明治から
昭和にかけて開削された、追波湾を河口とする新河川なのですね。

先の地震では、新旧分流点より上流の登米市域まで、津波が、新北上川を50km近くも
遡ったそうですね。川が大きく曲がり、旧河川に繋がる支流が分岐する辺りは、特に
しんどい状態ではなかったかと拝察します。
 
    (Hitosh) 北上川の河口付近は入江のようですね。

ここを津波が50km近くも遡ったとのこと。
凄い(怖い)ですね。

調べてみましたら、河口から49km地点で、
11cmの水位変化があったとあります。
北上川は、日本の河川としては珍しく
勾配の緩い河川ですので、遠くまで到達したようですね。
 

南三陸

 投稿者:雑魚  投稿日:2011年 4月 5日(火)09時08分53秒
返信・引用 編集済
  今回は、気仙沼から石巻経由で仙台へ南下する際の様子です。上段画像は、気仙沼線
大谷海岸駅に隣接する海水浴場です。並行する国道の「道の駅」がJR駅に併設され、
ちょっとした人気行楽地の趣がありました。

気仙沼線は、地元紙の報道や「ウィキペディア」によると、沿岸部の陸前戸倉以北で、
半数以上の駅が、津波で流失するなど、甚大な被害を受け、被害は特に酷い様ですね。
JR東日本の被災区間が、余りにも広範囲である為、復旧が可能だとしても、かなり
先の話かと思われ、地域復興との整合性を考えた時、地域の公共交通導線の然るべき
あり方として、それでも鉄道の形態が望ましいのか、などなど取り沙汰されそうです。
先ずは、国道45号線の復旧・整備が危急の課題でしょうけど。

中・下段画像は、志津川湾の様子です。十数年前、同地の人気ホテルを利用した際に、
牡蠣と思われる養殖筏が浮かぶ穏やかな海面を朝日が彩った夜明の様子には、大いに
魅せられました。その分、津波を被った志津川の街の報道映像は痛ましい限りですが、
同地を含む被災地の「グーグル」空撮映像が、震災発生後に高解像で更新されており、
福島第一原発では、原子炉建屋が損壊して、内部構造材が剥きだしの様子も窺えます。
一方、復興に備えて、震災前の空撮画像を残して欲しい、との声も少なくない様です。

志津川町が歌津町と「南三陸町」を形成したのが、2005年。語感において「本家」を
思わせる様な「三陸町」は、それより前、2001年に大船渡市に合流しています。
 
    (Hitosh) 志津川湾は海苔、蠣、ワカメ、それにホヤ等の養殖が
行なわれていたようですね。

それから、南側の神割崎は印象的でした。
普段でも凄いところですから、津波の時は想像するだけでも
恐ろしいです。

この志津川湾て、不思議な湾名ですね。
志津川なんて、川はないのにと思って調べてみましたら、
古名・清水川とありましたが・・
 

唐桑 (03)

 投稿者:雑魚  投稿日:2011年 4月 4日(月)08時24分27秒
返信・引用
  今回は、巨釜半造付近から北方を眺めた様子です。対岸は、岩手県の陸前高田ですね。
街が丸ごと津波に呑み込まれる映像は、余りにも凄惨でした。名所・高田松原も殆ど
壊滅しましたが、奇跡的に一本だけ残り、前述の「折石」宜しく、地元では「復興の
シンボルになって欲しい」としているそうです。
 
    (Hitosh) 高田松原の件、まさに奇跡ですね。
陸前高田のシンボルでもあった松7万本の内、
たった一本だけが残るなんて。

まさに希望の木、そんな気がします。
 

唐桑 (02)

 投稿者:雑魚  投稿日:2011年 4月 3日(日)11時33分25秒
返信・引用 編集済
  > 今回の津波では、どうだったのでしょうかね。

震災前、大学入試を巡る不正利用が取り沙汰された「ヤフー知恵袋」での遣り取りを
拝見しますと、折石を完全に覆う程の波高だったにも拘わらず、持ち堪えたそうです。
ちなみに、三越本店に使用される大理石は、この地から切り出されたものなのだとか。

市街地ほどではないにせよ、瓦礫の漂着があるとの事なので、景勝地として全面的に
復旧するまでには時間を要すると思われますが「津波に耐えた巨石」として、復興の
拠り処の一つになるかも知れませんね。
 
    (Hitosh) 折石は持ちこたえましたか。
これは、まさに津波に耐えた巨石と、将来の観光ポイントに
なりそうですね。

で、変なことを思い出しました。
関東の丹沢山系の「搭の岳」の、シンボルであった大石(搭)は
関東大震災の時、崩落してしまいました。

日本は昔から災害の多い国でしたね。
神々を崇める気持ちがわかります。
 

唐桑 (01)

 投稿者:雑魚  投稿日:2011年 4月 1日(金)12時33分45秒
返信・引用 編集済
  > より安全な、例えば高台等に新しい町づくりができると良いですね。

防災の観点上、それが望ましい一方で、港と一体的に生活拠点を構えて何ぼの側面も
強いであろう漁港都市のあり方を思うと、被災地の方々も複雑な心境かと拝察します。

画像は、唐桑半島の端部付近から南側を眺めた様子です。丁度、唐桑町が気仙沼市に
合流した当時ですね。同地の「ピジター・センター」には「津波体験館」が併設され、
津波の疑似体験ができる趣向でした。

1896年に発生した「明治三陸地震」を再現した映像では、日が暮れて母親が乳呑児を
寝かしつける中、突如、津波が襲い、家ごと押し流される様子が演出され、当時まだ
幼かった我が子はショックの余り、その日は暫く、観光どころではありませんでした。
 
    (Hitosh) 唐桑半島は思い出の場所でした・・

唐桑と言うと、すぐ思い出すのは巨釜の折石ですかね。
あの折石は、津波で先端が折れたから折石と呼ばれるようになったとか。

調べてみましたら、明治29年の三陸大津波で、
先端の部分が2mほど折れたようです。
今回の津波では、どうだったのでしょうかね。
 

気仙沼

 投稿者:雑魚  投稿日:2011年 3月30日(水)17時14分33秒
返信・引用
  震災後、小型船が暫定的に連絡していた、気仙沼~大島のフェリー航路が、本日から
本格復旧したとの報道が、先刻ありました。

東北旅行の一環で、気仙沼に投宿したのは五年前の夏でした。港を俯瞰するホテルで
地酒(こちらでも、製造再開の報道あり)を嗜みながら頂いた刺身の旨さが懐かしく、
あの情趣溢れる港町が、本来の佇まいを取り戻す日の来る事を願う意味で、その当時
撮影した画像を添付します。

上段画像は確か、ホテル内で見かけた観光ポスターを撮ったもので、気仙沼の市街と
大島の位置関係が良く判りますね。右下は、JR気仙沼線の南気仙沼駅です。左側に
カーブしながら魚市場に向かう引込線の名残も見て取れます。

その右側を流れる川は、気仙沼との語呂で「気仙川」と称するのかと思えば然に非ず。
こちらは、市制施行以前、気仙郡に属した陸前高田(広田湾)を河口とする河川名で、
気仙沼のそれは「大川」でした。
 
    (Hitosh) 気仙沼~大嶋のフェリーが復旧したようですね。
少しずつ前進しているようで何よりです。

今、旧街道を順番に歩いておりますが、
古代から続く街道は、川の氾濫や、津波、大潮を避ける為に
ほとんどが尾根や高台を通っているのですね。

遠まわりで、おまけに起伏が多くしんどいですが
昔の人の智恵を感じます。
東海道でも、例えば吉原宿などは、津波・大潮で全滅し
三度も宿場全体をより高いところへ引っ越しております。

今回の震災も復旧だけでは無く、より安全な、例えば高台等に
新しい町づくりができると良いですね。
 

偕楽園

 投稿者:雑魚  投稿日:2011年 3月26日(土)10時58分57秒
返信・引用 編集済
  地震発生以降、ガソリンの調達難から、車での外出は必要最小限に留めており、未だ
水戸の街に行っていません。燃料事情は少しずつ正常化されつつある様に感じますが、
法定備蓄分の取崩しや、欧米による軍事介入に発展したリビアなど、産油国の情勢が
相変わらず不安定である事を思えば、不安材料は、まだまだ尽きないと感じます。

二月下旬~三月末の予定で開幕した恒例の「梅祭り」も、震災に伴う偕楽園の閉園で、
中止となりました。画像は、千波湖越しに「好文亭」を遠望した様子ですが、電力が
不足気味の状況の下、こうした各種ライト・アップも中断されているかも知れません。
 
    (Hitosh) ガソリンは、こちらも大分良くなったようですが、
計画停電は、やはり影響は大きいですね。
でも、被災者の方に比べれば、些細なことです。

町の中も、停電で無い時でも、節電で照明を落とし、
ライトアップや、店の看板も殆どが消えています・・・

偕楽園は、湖畔を望む崖で120mにわたって地割れが
できたようですね。
「好文亭」も、外壁が崩れ落ちたとか。
それでも、怪我人が出なかったのは何よりでした。
 

大洗

 投稿者:雑魚  投稿日:2011年 3月26日(土)10時36分47秒
返信・引用 編集済
  > No.3115[元記事へ]

▼キタハリ様:
> 幸いにして物理的損壊被害は軽微でと書かれてました。何よりです。

有難うございます。軽微なるがゆえに、東北方面の惨状に鑑みれば、我々は、直ちに
被災者と言える程の状況にはないかも知れませんが、原発問題も終息していませんし、
色々な意味で「長期戦」を覚悟しなければなるまいと、天を仰いでいます。

----------------------------------------------------------------------------

掲出画像は、先月中旬に「マリン・タワー」から俯瞰した、大洗の様子です。上段は、
鹿嶋寄りにある原研の研究施設で、かかる災厄にあっては、色々と心配もありますが、
現在、県内の原子力関連施設は東海を含め、全て「安全に停止している」との事です。

中段は、磯前神社の鳥居とホテル群です。大洗観光の拠点ですが、残念ながら一帯は
下段、フェリー港のコンテナ・ヤード共々、津波をまともに受けた様です。報道では、
津波の襲来後、コンテナが散乱した様子が紹介され、自然災害の恐ろしさを、改めて
見せ付けられた思いです。
 

がんばろう!日本

 投稿者:キタハリ  投稿日:2011年 3月25日(金)22時52分52秒
返信・引用
   雑魚さん
今回の災害で、幸いにして物理的損壊被害は軽微でと書かれてました。何よりです。

 連日、ニュースで様々な被害状況が報道されてます。津波で家屋が押し流された時の映像、福島第一原発の放射能漏れの状況、計画停電の実施…等々。その数々の映像の中で、一番辛いのは、被災された方々が涙して語られるコメントです。「私達は、元気ですので連絡待ってます。」と涙して語る老夫婦の表情、「何か手がかりがあるかと思って戻ってきたんですが」と言いながら変わり果てた自宅を呆然と見つめる男性…。胸が引き裂かれる思いです。行方不明者の捜索、そして、避難所等で不安な毎日を過ごされてる方の心のケアにも活かされたらという思いで、わずかですが募金させていただきました。そして、少しでも明るくなっていただこうと思い、この画像を入れさせていただきました。
 

白鼻心

 投稿者:雑魚  投稿日:2011年 3月25日(金)15時33分59秒
返信・引用 編集済
  > No.3113[元記事へ]

▼りぃーさん:

どうも、御無沙汰です。まさか、地元茨城の沖合いにこの様な「火薬庫」があるとは、
夢想だにしませんでした。連休が明けて、周囲はいつもの状況に戻りつつありますが、
沿岸部の被害は殊の外に酷い様ですし、公共交通導線は未だに、大半が不通のままで、
原発の問題も中々、終息せず、仙台や三陸に比べれば、遥かに救われているとは云え、
気が休まらない日が続いています。

----------------------------------------------------------------------------

画像は先日夜、我が家に出現した「白鼻芯」です。いつもは一匹狼で、近所の農家を
翻弄しています。今回は、兄弟か配偶者かは判りませんが、相棒が一緒でした。もし
後者なら、とにかく繁殖力は旺盛だそうですから、隣家に住む、半世紀、農業一筋の
親爺さんにとっても、心配の種が増えそうです。

 

◆エドヒガンザクラ

 投稿者:りぃー  投稿日:2011年 3月24日(木)00時08分6秒
返信・引用
  Hitoshさん、こんばんは。
地元で咲くサクラを撮ってみました(偶然
大先生、キレイと感じた時がシャッターチャンスですよね?

雑魚さん、ご無沙汰しました。地震被害が軽微の様で何より!
惨状には言葉が出ません いま何をしたらいいのか・・




 
    (Hitosh) りぃーさん、今晩は

桜が、8分咲きですかね、早いですね。
写真も綺麗に撮れております。

此方は、まだまだ咲きそうにありません。
 

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