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ベビーカステラ

 投稿者:キタハリ  投稿日:2011年 9月12日(月)22時24分33秒
返信・引用
  この―さんっていう呼ばれ方は、他の神社でもあったと思います。例えば、お稲荷さんとか八幡さん―っていう感じです。
 一枚目の画像に映ってる鳥居の奥でベビーカステラを売ってて、いいにおいがしてたので衝動買いしてしまいました。ついついつられてしまいます。
 
    (Hitosh) 出来立てのベビーカステラの匂いがこちらまで
漂ってくるようです(^_^)

社殿等の千木が目立ちますね。
 
 

2011年 夏 (05)

 投稿者:雑魚  投稿日:2011年 9月12日(月)08時38分28秒
返信・引用
  > 長い間、この辺までが大和朝廷の勢力範囲で、蝦夷との境界であったから

大和朝廷の時代というと、利根川東遷事業より遥か以前の話、霞ヶ浦や北浦が、湖と
言うよりは、香取海に連なる内湾の一部だった頃ですね。現在の外浪逆浦に相当する
浪逆海を挟んで、香取神宮と、残り二社が相対する格好ですが、御指摘の記述に基き
資料を改めると、三社とも蝦夷に対する大和朝廷の前線基地であり、特に香取神宮は
浦・海夫・関の支配権を掌握していたとの事。

> 住吉大社「すみよっさん」て呼ばれているのですね。

今宮戎神社を「えべっさん」と呼称するのと同様の感覚ですかね。ホークスが舞台の
野球漫画「あぶさん」では、南海時代の記述で「住吉はん」と表現されていましたが。
 
    (Hitosh) 勇敢に立ち向かった蝦夷の当時の長は誰なんでしょうかね。
謎が多いようです。

その後、多賀城、胆沢城等、北侵しておりますが、
例えば蝦夷の長、アテルイなどは地元の英雄となっておりますね。

 

すみよっさん

 投稿者:キタハリ  投稿日:2011年 9月11日(日)21時54分47秒
返信・引用
  大阪市内の住吉大社に行ってきました。まだまだ、暑かったです。  
    (Hitosh) 住吉大社、「すみよっさん」て呼ばれているのですね。
朱塗られた太鼓橋が見事です。

住吉大社といえば、全国2000余社の住吉神社の頂点ですね。
 

2011年 夏 (04)

 投稿者:雑魚  投稿日:2011年 9月11日(日)09時25分58秒
返信・引用 編集済
  > 鹿島神宮と言えば、地中に棲む大鯰を押さえつける「要石」がありますね。

さすがに、半年前に暴れた大鯰は抑え切れなかった様子で、上段画像の位置にあった
二の鳥居は、完全に崩れてしまいました。

常陸国一宮という格式を有するだけあって、社叢林(鎮守の森)の中を、延々と続く
参道の様子は、以前訪れた、京都・下鴨神社の「糺の森」に通じる荘厳さを感じます。

利根川対岸の香取神宮、神栖市の息栖神社と併せ「東国三社」と称されているそうで、
水郷に集中する理由は判りませんが、分祀先を窺わせる「鹿島神社」「香取神社」は、
私の地元に近い地域で、散見される様です。

 
    (Hitosh) えっ、二の鳥居が崩れてしまいましたか。
驚きました。

鹿島神社や香取神社が、水郷に集中しているのは、
長い間、この辺までが大和朝廷の勢力範囲で、
蝦夷との境界であったからでしょうか・・・


 

2011年 夏 (03)

 投稿者:雑魚  投稿日:2011年 9月 9日(金)15時33分32秒
返信・引用
  潮来で一服後、神栖経由で銚子方面に向う予定でしたが、鹿島神宮に寄りたい、との
リクエストがありまして、急遽、北浦に架かる神宮橋を渡りました。

車からの視点では周囲の様子が判らないので、数年前に撮影した、道路橋に並行する
JR鹿島線の画像を補足します。被写体は「あやめ祭り」に関連したの臨時便ですが、
国鉄時代は定番だったこの塗装も、車両の世代交代で、過去帳入りとなりました。
 
    (Hitosh) 鹿島神宮に寄られましたか。

鹿島神宮と言えば、地中に棲む大鯰を押さえつける「要石」が
ありますね。

最近は、その御利益のおかげで、常陸の地震がこの程度で
治まっているのでしょうか・・・
 

竹之内街道・太子

 投稿者:孫右衛門  投稿日:2011年 9月 9日(金)00時14分22秒
返信・引用
  朝晩は幾分か秋らしくなってきました。
奥州街道の更新をいつも楽しみに拝見しています。
先月、河内と大和を結ぶ古代からの道・竹之内街道沿いの大阪府太子町を訪ねました。
古い街道らしい道幅、そして曲線と勾配を持つ旧道沿いには古い町家が所々に残り、風情を感じさせました。

http://www8.ocn.ne.jp/~kyosyu/

 
    (Hitosh) 今日は、日中は30度を越えましたが、
こちらも、さすが朝晩は凌ぎやすくなりました。

旧奥州街道をいつも見ていただきありがとうございます。
励みになります。

竹之内街道は、古代の官道だったのですね。
この写真も歴史を感じさせてくれる良いショットですね。
 

2011年 夏 (02)

 投稿者:雑魚  投稿日:2011年 9月 7日(水)08時42分47秒
返信・引用 編集済
  > 今回の写真は、一枚だけが飛行機、一機しか写っておりませんね(^_^)

既に御判りかと存じますが、これが茨城空港です。エプロン以外に留置施設らしきが
見当たらない為、複数の旅客機が一堂に会する事は無さそうです。そうした事情への
対策もあって、トーイング・トラクターによるプッシュ・バックは行わず、旅客機が
自らUターンする事で、時間節約を図っているのだとか。色々と、工夫していますね。

----------------------------------------------------------------------------

空港を後に 国道355号線に出て、霞ヶ浦沿いを、潮来方面に向かいます。この一帯は、
霞ヶ浦の落日や鹿島鉄道の撮影で、御馴染みの場所ですが、廃止から四年以上を経て、
線路が剥がされた道床は、雑草だらけの畦道に化け、悲哀を感じます。

今回は回想モードとして、当該国道からの視点で、廃止間際の同鉄道の様子をどうぞ。
 
    (Hitosh) これは貴重な写真ですね。
何度見ても、風情を感じる写真です。
 

2011年 夏 (01)

 投稿者:雑魚  投稿日:2011年 9月 4日(日)11時52分30秒
返信・引用 編集済
  夫々のスケジュール調整難や大震災の後遺症で、今夏の旅行は半ば諦めていましたが、
夏休みの宿題が大きな心理的負担となって圧し掛かる御盆明けになって、漸く都合が
ついたので、家族で出掛けて参りました。

旅立ちは茨城空港から………と言っても、空路を伴う様な豪華旅行ではなく、経路上、
食事処を求めて、立ち寄っただけの事ですが、丁度、神戸発の到着シーンに遭遇して、
やっぱり、飛行機で何処か行きたいよなぁ、と互いに愚痴を零し合いながら、丼飯を
掻き込むのでした。

空自基地が併設(防衛機密保持の観点上、展望デッキのボードには特殊加工が施され、
戦闘機の格納庫の方向に限り、曇って視界を遮る仕掛けです)されている一方、今や
地方空港でも当り前のボーディング・デッキが無く、タラップ車が横付けになるのは、
新鮮にすら感じますね。

ここで問題です。掲出した画像の内、茨城空港は、どれでしょうか(^^)残り二枚は、
各種割引をフル動員して、国際線のビジネス・クラスを利用した際、空港ラウンジで
タダ酒を痛飲していた時の撮影です。夫々、ワイン・ボトルを一本以上、空けました。
 
    (Hitosh) 家族で旅行、いいですね。

今回の写真は、一枚だけが飛行機、一機しか写っておりませんね(^_^)
アングルのせいでしょうか。
 

座間市・ひまわり畑

 投稿者:Higurasi  投稿日:2011年 8月17日(水)21時47分9秒
返信・引用
  Hitoshさん、こんばんは。
残暑が厳しいですがお元気でお過ごしでしょうか。
昨日、神奈川県座間市の座架依橋たもとのひまわり畑を見に行ってきました。
暑くてフラフラでしたが、畑一面に咲き誇るヒマワリを眼にして背筋もピンとなるよう
な気分でした。無心に明るく咲く花っていいですね。
座間というと住宅が立ち並んでいるような印象だったのですが、田園地帯もあるんですね。
相模線から見る風景も思ったよりローカルでした。
神奈川ネタで恐縮です。

http://homepage2.nifty.com/manhole/

 
    (Hitosh) 残暑厳しいですね。
こちらは、今日がこの夏一番の猛暑だったようです。

それにしてもHigurasiさんの行動力には脱帽です。
同じ神奈川に住んでいても、
座間のひまわり畑は行ったことがありません(・_・、)

座間のひまわり畑はスケールが大きいですね。
今調べて見ましたら、座間会場は8/24まで
ひまわり祭りをやっているようですね。
 

ご無沙汰しています

 投稿者:トキ子  投稿日:2011年 8月12日(金)15時52分50秒
返信・引用
  あまりにご無沙汰してしまいましたので
何からお話してよいやら
今年春ごろかに身体の調子が悪くてなんとはなしに
時が過ぎてしまいましたが生き甲斐の音訳だけは
依頼に応じて続けていました。
中秋が過ぎたのに暑さが厳しい毎日ですが熱中症
にご注意なさり暑さを乗り切ってくださいませ。
また時々遊びに来させてください。
 
    (Hitosh) こちらこそ、ご無沙汰して申し訳ありません。

暑い日が続きますね。
それでも、音訳は続けておられる様子、何よりです。
くれぐれも、無理はなさらないようにして下さい。

私も、夏は旧街道歩きを中断しております。
夏は効率も悪いので、秋になったら再開予定です。
 

大変参考になります

 投稿者:永盛 陸夫メール  投稿日:2011年 8月 7日(日)17時22分6秒
返信・引用
  今、東海道五十三次を、女房と二人で歩いています。
色々なホームページをみましたが、道の写真は、写真も案内文章もすばらしいです。
そして大変参考になります。このようにすばらしい写真がとれなくて・・・
これからも良い写真とエッセイを、よろしくお願いします。
私も、女房と二人で、後を追っかけて、歩いていきます。
 
    (Hitosh) 永盛さん、今晩は

当サイトを見ていただき、ありがとうございます。
奥様とお二人で街道歩きとは、羨ましいです(^_^)

いま、どの辺りを歩いておられるのでしょうか。
時折、最新情報を教えていただけると嬉しいです。
 

水戸黄門祭り

 投稿者:雑魚  投稿日:2011年 8月 7日(日)14時45分56秒
返信・引用 編集済
  震災の影響で開催が危ぶまれていた「水戸黄門祭り」が、一昨日から当初の予定通り
実施されています。震災後、何かと引き合いに出される「元気を貰う」という表現の
意味する処を実感させてくれる様な、素晴らしい臨場感でした。
 
    (Hitosh) 今年も、水戸黄門祭りが盛大に行われたようですね。
余震の続く中、「元気を貰う」イベントに相応しいようですね。

花火大会も行なわれたのでしょうか。
 

奥会津の水害

 投稿者:雑魚  投稿日:2011年 7月30日(土)09時22分0秒
返信・引用
  ここ数日来の大雨で、福島・新潟両県では、2004年以来の重大な水害を招来している
模様ですね。2004年と云えば、水害発生の三箇月後には「中越地震」が発生しており、
今回は今回で、原発事故が進行中の福島県が被災するなど、試練が相次いだ格好です。
今はただ、これ以上の災害拡大が無い事を願うばかりです。

掲出画像は、既に紹介済みのものですが、水害が特に酷いとされる、福島県の伊南川、
そして下流の只見川一帯を、昨年の欧州出張で利用した国際線から撮影したものです。
山間部の印象が強い奥会津にあって、旧伊南村域は、谷底平野が意外に広く、豊穣な
印象がありましたが、それだけに昨夜の報道映像を見ると、いたたまれない思いです。
 
    (Hitosh) 新潟・福島の豪雨は記録的ですね。
NHKによりますと、今現在29万6千人に
避難指示・勧告が出されているとのこと。
凄いですね。

三条市では、信濃川支流の五十嵐川の堤防が決壊した由。
被害が拡大しないことを祈るばかりです。

三条と言えば、日本三大金物の町ですが、ここには
精密機械工場が沢山あり、仕事で良く行ったことがあります。
 

飯田市大平宿

 投稿者:孫右衛門  投稿日:2011年 7月24日(日)10時19分16秒
返信・引用
  先週の連休は長野県南部を訪ねてきました。街道めぐりが目的というわけではなかったのですが、この地域で古い町並が残っているのはほとんどが宿場町か街道集落なので、多くを訪ねてきました。
中でも特徴的なのが飯田市の西側の山中に展開する旧大平宿です。
40年ほど前に定住者はいなくなりましたが、長きにわたって旧家が保存され、今でも面影を残しています。
博物館のような例を除き、このような例は他にはないでしょうね。

http://www8.ocn.ne.jp/~kyosyu/

 
    (Hitosh) 旧大平宿に行かれたのですね。
木曽路と伊那谷を結ぶ大平街道の山間の宿場。
車で行くにも大変なところのようです。

NPO活動法人「大平宿をのこす会」の方々が
努力されているようですね。
 

◆威風堂々

 投稿者:りぃー  投稿日:2011年 7月24日(日)01時07分10秒
返信・引用
   Hitoshさん、こんばんは。

 大変ご無沙汰しました。  近所の大学にある池で見つけた奴さん、

 物おじしませんでしたww

 暑い毎日 いやですね。
 
    (Hitosh) りぃーさん、こんばんは
また、暑さが戻ってきましたね。
今年の夏は長そうです・・・

これは恰幅の良い鳥で、悠然としておりますね。
カワウのようですね。
 

2011 大韓航空旅行写真公募展

 投稿者:Korean Airline メール  投稿日:2011年 7月14日(木)20時39分9秒
返信・引用
  2011 大韓航空旅行写真公募展
公募内容 : 旅行の楽しい思い出を盛り込んだ作品(作品は国内外未発表のものに限る)
公募対象 : 旅行と写真が大好きな方 (国籍制限なし)
受付期間 : 2011年7月29日(金)~9月2日(金)
発   表 : 2011年10月 4日(火)
大韓航空旅行写真公募展のホームページ(photo.koreanair.com)、韓国日報にて発表及びご本人へお知らせ
(発表日は主催側の事情により変わることがあります。)
受賞式 : 2011年10月20日(木) 午前10時大韓航空 西小門ビル内 <一宇スペース>

審査基準
入賞、入選 : 旅行の楽しい思い出を盛り込んだ作品
子供パシャ賞 : 13歳未満(小学生まで)の子供たちの目線で眺めた作品
ラブシェア賞 : ボランティア活動などのシーンで、助け合いの気持ちが伝わる写真

表彰内容
大賞(1人):賞牌及び大韓航空プレステージクラス往復ペア航空券(全路線)+ エコノミークラス 韓国内国内線往復ペア航空券
金賞  (1人) : 賞牌及び大韓航空プレステージクラス往復ペア航空券(全路線)
銀賞  (2人) : 賞牌及び大韓航空エコノミークラス往復ペア航空券(全路線)
銅賞 (6人) : 賞牌及び大韓航空エコノミークラス往復ペア航空券(日本発韓国行き又は韓国発中国・東南アジア行き)
入選 (50人) : 賞状及び大韓航空韓国内国内線エコノミークラス往復ペア航空券
子供パシャ賞 (5人): 賞状及Canon デジタルカメラ(モデル未定)
ラブシェア賞 (5人) : 賞状及Canon デジタルカメラ(モデル未定)

http://photo.koreanair.com

 

藤森神社

 投稿者:Higurasi  投稿日:2011年 6月27日(月)22時57分28秒
返信・引用
  Hitoshさん こんばんは。
スッキリしない天気が続きますが、そちらはいかがでしょうか。
一週間ほど前、雨が止んでる間を狙って京都に行ってきました。伏見区の藤森(ふじのも
り)神社では紫陽花がちょうど見頃で美しかったです。曇り空の下、木立に紫や青、白の
憂いを帯びた花々はよく映えていました。曇り空に似合う花というのも、ウソではないな
~と実感しました。

http://homepage2.nifty.com/manhole/

 
    (Hitosh) 今晩は
こちらも、どっぷり梅雨となっております。
それでも、今日は久しぶりの晴れで暑い日になりました。

梅雨と言えば、ホント紫陽花ですね。
濡れてよし、雲ってもよしですね。

さすが藤森神社の紫陽花は、見事ですね。
藤森神社と言えば、菖蒲の節句の発祥地なんですね。
 

東北の鉄道旅行

 投稿者:雑魚  投稿日:2011年 6月25日(土)09時26分4秒
返信・引用 編集済
  孫右衛門様が言及された「サンルート一関」は、学生時代、鉄道を乗り潰す為だけの
旅行の際に利用した、私に取っても思い出のホテルです。

ワイド周遊券をフル活用しての旅行は、上野発秋田行の寝台特急に始まり、酒田から
陸羽東西線を直通する急行で、一気に仙台へ。石巻・気仙沼を経由して(三陸の海を
見たのは、この時が初めてだった様に思います)最初の投宿先が、件のホテルでした。

翌日は、気仙沼・大船渡経由で釜石に移動し、花巻・盛岡・宮古と、時計回りに一周。
盛岡→宮古の移動では、特別料金が不要の快速列車にもかかわらず、途中、90km近く
無停車で、かつて原敬首相をして「山猿発言」を言わしめた、沿線人口の希薄振りが、
実感出来ました。当日投宿した釜石駅前は、繁華街から微妙に離れており、製鉄所の
威容に圧倒されるだけの雰囲気が独特でした。

三日目は宮古・久慈経由で八戸へ。東北線の盛岡以北が「手付かず」だった為、一旦、
特急で盛岡に向い、その折返し便で青森へ移動。当時、新幹線は盛岡が終点でしたが、
以北の山深さに、無理からぬ事と納得。その日は、車内で耳にした津軽弁の、余りの
難解さが印象的だった快速で移動した先の五所川原駅前に投宿。

駅前朝市の見物で始まった最終日は、晴天の日本海を満喫した五能線で能代に移動し、
秋田で乗客の大半が下車した、上野始発の夜行急行に繋いで大館へ。更に、花輪線で
盛岡へ移動し、仙台以北が手付かずだった新幹線を消化。そのまま帰京すれば、話は
早かったのですが、折角の機会なので仙台で下車して、利府支線・仙山線・左沢線を
消化した後に漸く、山形から夜行急行で、帰宅の途に就いたのでした。

当時は、羽越線や五能線から眺める日本海が最大の関心事だったのですが、大震災で
三陸沿岸の街や鉄道が大打撃を受けた今となっては、列車を乗り換える度に、異なる
趣を呈した、車窓風景に広がる三陸の海の眺めは、とても大切な思い出です。
 

一関

 投稿者:孫右衛門  投稿日:2011年 6月23日(木)23時35分15秒
返信・引用
  奥州街道もいよいよ陸中国に入りましたか。
一ノ関は(地名は一関ですが駅名表記のほうになじみがあります)、初めての泊りがけでの一人旅で、初日に泊まった町です。
ホテルはごく普通の、今でも全国チェーンで展開しているサンルートホテルでしたが、当時はずいぶん高級ホテルに感じ、一人でホテルに泊まるなど夢のようなことでしたので、オートロックの客室から締め出されフロントの厄介になったりと、それは不慣れなものでした。
当時弱冠高校一年でした。
一ノ関の町も散策することなく、当時は鉄道に乗ることが目的の旅でした。それでも翌日は松島に直行し遊覧船にも乗りました。その時に乗った電車は寝台電車を改造した、現在は廃車になっている車両だったことはよく覚えています。
岩手県は私の古い町並として全く掲載できていないのがずっと気になっていますが、以後も何度か訪問はしていて、海岸線をレンタカーでなめるように北上したこともあります。軒並み津波の直撃被害を受けた地区で、あんなに穏やかな姿を見せていた入り江の風景がなぜと、テレビで繰り返し報道されるたびに思います。

これは先日訪ねた島根県美保関の旅館街です。

http://www8.ocn.ne.jp/~kyosyu/

 
    (Hitosh) はい、やっと宮城県を終え岩手県に入りました。
旧奥州街道は距離がありますので、歩き甲斐があります・・・

一関のサンルートホテルは私も泊まりました。
全国各地にありますので、会員になり良く利用しております。
でも、高校一年生で泊りがけの一人旅とは、やはり凄いですね。

美保関の写真貼付、ありがとうございます。
いい町並みですね。
美保関というと、民家に落ちた隕石のことを思い出しました。
 

雲州平田・康国寺

 投稿者:Higurasi  投稿日:2011年 6月11日(土)21時52分28秒
返信・引用
  Hitoshさん、こんばんは。
いよいよ梅雨本番、鬱陶しい天気が続き、お出掛けもままならないですね。
さて、先日のG.W.サイクリングで寄った印象的なお寺、康国寺の庭園を貼ります。
松江藩七代藩主松平治郷公(不味公)お抱えの庭師沢玄丹により、1830年から三
年半の歳月をかけて築かれました。旅伏山と錦鏡池を借景に取り入れた枯山水、
とても美しくてしばらくぼーっと座って見ていました。

http://homepage2.nifty.com/manhole/

 
    (Hitosh) 梅雨に入りましたね。
こちらも、すっきりしない日が続いております。

康国寺の庭園、良い雰囲気ですね。
さすが、評判の名庭園です。

電車ですと一畑電鉄(ばたでん)の雲州平田駅下車なんですね。
ばたでんというと、中井喜一主演の映画「RAILWAYS、49歳で
電車の運転士になった男の物語」を思い出しました。

 

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