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東北の鉄道旅行

 投稿者:雑魚  投稿日:2011年 6月25日(土)09時26分4秒
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  孫右衛門様が言及された「サンルート一関」は、学生時代、鉄道を乗り潰す為だけの
旅行の際に利用した、私に取っても思い出のホテルです。

ワイド周遊券をフル活用しての旅行は、上野発秋田行の寝台特急に始まり、酒田から
陸羽東西線を直通する急行で、一気に仙台へ。石巻・気仙沼を経由して(三陸の海を
見たのは、この時が初めてだった様に思います)最初の投宿先が、件のホテルでした。

翌日は、気仙沼・大船渡経由で釜石に移動し、花巻・盛岡・宮古と、時計回りに一周。
盛岡→宮古の移動では、特別料金が不要の快速列車にもかかわらず、途中、90km近く
無停車で、かつて原敬首相をして「山猿発言」を言わしめた、沿線人口の希薄振りが、
実感出来ました。当日投宿した釜石駅前は、繁華街から微妙に離れており、製鉄所の
威容に圧倒されるだけの雰囲気が独特でした。

三日目は宮古・久慈経由で八戸へ。東北線の盛岡以北が「手付かず」だった為、一旦、
特急で盛岡に向い、その折返し便で青森へ移動。当時、新幹線は盛岡が終点でしたが、
以北の山深さに、無理からぬ事と納得。その日は、車内で耳にした津軽弁の、余りの
難解さが印象的だった快速で移動した先の五所川原駅前に投宿。

駅前朝市の見物で始まった最終日は、晴天の日本海を満喫した五能線で能代に移動し、
秋田で乗客の大半が下車した、上野始発の夜行急行に繋いで大館へ。更に、花輪線で
盛岡へ移動し、仙台以北が手付かずだった新幹線を消化。そのまま帰京すれば、話は
早かったのですが、折角の機会なので仙台で下車して、利府支線・仙山線・左沢線を
消化した後に漸く、山形から夜行急行で、帰宅の途に就いたのでした。

当時は、羽越線や五能線から眺める日本海が最大の関心事だったのですが、大震災で
三陸沿岸の街や鉄道が大打撃を受けた今となっては、列車を乗り換える度に、異なる
趣を呈した、車窓風景に広がる三陸の海の眺めは、とても大切な思い出です。
 
 
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