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トケイソウ

 投稿者:meiro  投稿日:2016年 5月31日(火)00時41分35秒
   最近、散歩道にトケイソウが咲いている。本来は夏の花らしいが、もう咲いている。朝咲いて夜閉じる一日草とのことだが、花芽はたくさんあって、ほぼ毎日咲き続けている。ここに載せた写真ではわかりにくいかもしれないが、上から言うと、褐色の雌蕊3本、黄色の雄蕊5本(写真では2本が重なっていて、4本に見える。自家受粉を防ぐために下を向いている)。花柱の中央に球形の子房があり、雌蕊は子房の上から出ていて、雄蕊は子房の下から出ている。花柱の下には、紫褐色・白・薄青と変化する無数の細い花(副花冠)が放射状に美しく敷き詰められている。副花冠の下は、10枚の花が見えるが、実は、5枚の花弁と5枚の萼。

 トケイソウ(時計草)という名前は、3本の雌蕊を時計の針(時・分・秒)、その他を文字盤に見立てたものらしい。

 英名の“Passion flower”は、学名の“Passiflora”の翻訳で、『(キリストの)受難の花』という意味。3本の雌蕊は釘、5本の雄蕊は(キリストの身体についた)傷。花柱は十字架、鮮やかな副花冠は茨の冠、花弁と萼合わせて10枚は10人の使徒、ということらしい。だから、名前の“Passion”は、『情熱』ではなくて『受難』の意味。でも、キリストは象徴として扱われ、その姿はこの花の中には無い。あるとすれば、十字架に支えられ、釘と傷の間に省略された空間。

 
 

春が来た

 投稿者:meiro  投稿日:2016年 4月11日(月)23時18分59秒
  ユキヤナギが散ってしまった。
コデマリが咲いていた。
ツツジが咲きかけていた。
オニタビラコも、
ハルノノゲシも咲いていた。

今日、
今年最初のツバメに出会った。
 

判決

 投稿者:meiro  投稿日:2016年 3月10日(木)22時48分48秒
   昨日の3月9日、滋賀県大津地裁が、福井県の高浜原発3・4号機の運転差し止めの仮処分を下しました。原告は滋賀県の住民29名でした。この判決(仮処分)は直ちに法的拘束力を持ち、関西電力は判決に従い、翌日に運転停止作業を行いました。

 2月26からフル稼働中の3号機については、2週間後の今朝(3月10日)10時から作業に入り、10時間かけて、今夜20時に原子炉が止まりました。4号機については、稼働に向けての送電設備トラブルで稼働できないまま停止状態でした。

 これで、日本で稼働中の原発は、鹿児島県の川内(せんだい)原発、福井県の大飯(おおい)原発のみとなっています。

 高浜原発については、過去にも訴訟があり、判決が出ています。

 まだ高浜原発に原子力規制委員会の新規制基準への適合判断も出ていないときに、住民が起こした大飯と高浜の両原発の運転仮差し止め訴訟に対しての判決で、この時は請求を却下しています(つまり住民側敗訴2014年11月)。ただ、その却下理由が、「原子力規制委員会が、高浜、大飯原発について新規性基準に適合して、再稼働を容認するはずがない」から、「裁判所が止める段階ではない」ので却下する、というものでした。

 それが、その「容認するはずがない」規制委員会が容認してしまい、関西電力が再稼働することになったのだから、今回は「運転差し止め」の判決です。福井県の原発を滋賀県の住民が止めた、という点も注目です。つまり、被害に会うかもしれない人は、他府県の原発訴訟に参加できる、ということです。

 福井県の原発が大事故を起こすと、琵琶湖が汚染されて、関西は重大な危機に陥ります。
 また、「安全」を言えなくなり、「世界一厳しい基準」という言い方にすり替えられています。
 また、住民避難の計画について、ほとんど何も作られていませんし、知らされていません。
 また、福井県の原発で作られた「電気」は、関電の電気なので、福井県では使われていません。
  (これは福島第一原発で作られた電気が東電の電気だというのと同じ)


 

宇宙歴135億年

 投稿者:meiro  投稿日:2016年 2月 2日(火)20時27分35秒
   現在、地球人類が観測しているのは(地球中心の歴史観で言えば)、宇宙歴135億年の現在である。しかし、これは誤解を起こしやすい言い方だ。宇宙歴135億年を迎える地球人類が観測している「宇宙の果て(宇宙の地平線)」は、ビッグバン直後の宇宙であり、ビッグバンのエコーの中の靄であり、そこに見えているのは、宇宙歴まだ数億年の姿だ。

 しかし、観測する主体を地球中心からその地平線に移せば、そこでは当然宇宙歴135億年を迎えている筈であり、もしそこに観測員がいるならば、私たちの銀河系の方が、まだ形すらなくて、ビッグバンのエコーの中の靄しか見えないだろう。つまり、お互いに135億年前の姿しか見えない、ということだ。

 もう少し言うと、宇宙について考えるとき、「同時」という認識は成り立たない、ということだ。宇宙の果てだけではなく、宇宙の近傍に関しても、「同時」ということは考えられない。今この瞬間、アンドロメダ大星雲内の或る星系に生きているかもしれない知的生物が、どの方向にその精巧な望遠鏡を向けているのか、そんなことは分からない。それを通信する手段もあり得ないだろう。
 また、もっと近い例で言えば、オリオン座の赤色超巨星(質量が太陽の約20倍)であるベテルギウス(距離642光年)は今にも超新星爆発しそうなのだが、それがいつなのか、それも分からない。

 今から45億年前、宇宙歴90億年に、我が太陽系の基本となる太陽が、宇宙の第二世代あるいは第三世代の星として生まれている。その後、太陽を取り巻いて渦を巻く周辺のガスや塵、岩石の欠片がの円盤から、幾つかの固まりに成長し、自分の軌道を割り振られて、惑星系を作った。中には惑星になり損ねた固まりもあり、軌道に関する力学的な均衡という要請に応じて、小惑星たちは火星と木星の間に漂うことになる。中には、互いに近付きすぎて軌道を乱され、はじき飛ばされて太陽に落下するところを、地球の重力に捕らえられて地球に衝突し、溶解しながらバウンドして月になって惑星を周回する衛星になったものもある。

 普通の平均的な恒星(主系列星)である太陽の寿命は、研究の結果、約100億年とされている。今日明日の話には何の関係もないが、太陽系の寿命のほぼ半分が終わっている。太陽よりもっと大きく生まれてしまった恒星、たとえば先ほどのベテルギウスなどの寿命は極端に短くなる。つまり、そんな惑星系には、知的生物は勿論、生命の進化そのものも困難だろう。

 恒星は、水素の核融合でエネルギーを発生させ、その核融合の温熱で、周囲の惑星系を照射する。惑星たちは、太陽からの距離に応じて、そのエネルギーを浴びる。
 (やがて太陽が核融合材料の水素を使い果たすと、中心部に溜まった核融合の生成物であるヘリウムを材料として使い始める。それが、ベテルギウスと同じく、破滅へと向かう太陽系の後半史の始まりである。)

 だから、いつも太陽に同じ面を向けている水星は、表面は灼熱地獄、裏面は極寒地獄になっている。地球で語られるような「生命」は存在しない。金星・地球・火星は、当初は「ハビタブルゾーン(生物が生存できる領域)」であったかもしれないが、太陽に近かった金星は灼熱化し、遠かった火星は冷え切ってしまった。

 その間に位置した地球だけが、遠すぎず近すぎず、温暖な大気に包まれて、38億年に及ぶ生物進化を遂げて現在に至っている。それでも、人類の文明はようやく1万年の歴史を刻むに過ぎない。

 火星と木星の間にあった筈の惑星は、誕生時に何かが起きて、粉々の小惑星に飛散してしまった。木星・土星・天王星・海王星(そして冥王星?)もまた、あまりに太陽から遠い。生命を育むためには、自分自身で熱や水を供給できなければならない。それで、木星の衛星などが候補として観測(探査)されている。

 太陽系自身は、「ハビタブル」な星系であり、銀河系の中でも苛烈な環境である中心部ではなく、周辺(辺縁)の回転腕の中に位置し、これも幸運にも「ハビタブルゾーン」である。

 小さな確率を何重にもすり抜けて「ハビタブル」を守り抜いた地球は、言わば「軌跡の惑星」と言えるのだろう。

 宇宙歴135億年のこの宇宙の中で、多くの銀河、多くの星系、多くの恒星と惑星が、その誕生後数億年という初期の歴史の中で、生命にとってみれば「広範な初期絶滅」に出会っている。

 太陽系外へ出て行ったボイジャーたち無人惑星探査機には、人類からのメッセージが記されたプレートが乗せられているという。一体、何処に辿り着くのだろう。一体、誰の手に委ねられるのだろう。

 たぶん、宇宙と同じく、知的生命の歴史のレベルでも、「同時」というのは、不可能なことではないだろうか。どちらかが、「既に絶滅している」か、あるいは「まだ数十億年先」ということになるのだろう。そして、一体そのことを誰が確認できるのだろうか。


 

翻弄される宇宙

 投稿者:meiro  投稿日:2016年 1月31日(日)23時59分12秒
   ビッグバンから135億年、この宇宙自体が、ビッグバンから生まれ、ビッグバンに由来し、だからビッグバンの中にある。ビッグバンの嵐の中で生まれた無数の銀河は離合集散を繰り返し、その過程で更に新たな銀河が誕生し、そのようにして、この天の川銀河も誕生した。天の川銀河は数千億個の恒星を擁している。

 現在、天の川銀河は、約230万光年離れたアンドロメダ銀河に秒速120kmの高速で突進している(言い換えれば、アンドロメダ銀河が天の川銀河に秒速120kmの高速で突進して来ている)。そして、約40億年後、2つの銀河は衝突・合体することになる。

 このことは、特に珍しいことではなく、あちこちで起きていることだ。ビッグバンの内部で、宇宙そのものが翻弄されている。


 

ビッグバン、未知との遭遇

 投稿者:meiro  投稿日:2016年 1月30日(土)17時34分40秒
   私は、宇宙について専門家でも何でもないのですが、空想し始めると何処までも飛んでいく癖があります。
 だから、今回の書き込みもそうですが、正しいかどうかではなくて、面白い空想話として読んでいただければ……。

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 では、ビッグバンは、この宇宙の一体何処で起きたのか?

 ビッグバンそのものは、宇宙の痕跡さえも無い「無のゆらぎ」の中の一点で生じた亀裂の中に破壊的な大爆発として突然起こり、全宇宙を生み出した。その一点は一体何処なのか?

 ここで、こんなことを考えてみよう。135億光年の彼方、地球から観測できる宇宙の最遠の「宇宙の地平線」について。それは一体どんなふうに見えているのだろうか。

 それは、ある方向だけに見えている領域ではなく、この全宇宙の「遠い背景」のように、ずっと連なる「地平線」として、あらゆる方向に見えている。そしてそれが、135億年前の宇宙の始まりを示している(135億光年から地球に届く光は、135億年前の姿を届けている)。

 だから、こう言えるのではないだろうか。私たちのこの全宇宙は、今もなお、あの壮大なビッグバンに包まれている、つまり、私たちはいまだにビッグバンの中にいる。

 つまり、ビッグバンが何処で起きたかという問に対しては、私たちは今もなおビッグバンの強烈で壮大な爆発の内側にいる……「ビッグバンが起きたのは、ここ、この宇宙そのものなのだ」と。「無のゆらぎ」の中に生じた亀裂は、この宇宙そのものなのだ、と。

 ビッグバン直後、生じた素粒子たちは、電子と陽子が水素原子を作り、物質と反物質がぶつかって消滅し、やがて超高温で猛烈な圧力の素粒子の濃霧から晴れ上がって、空間を光子が飛び交うようになる。その光子が、135億年の未来に、私たちの観測機器に飛び込んで宇宙の果て(宇宙の始まり)の姿を物語る。

 そこで、この宇宙歴135億年に遭遇している私たちは、この宇宙で、友人もなく孤独な文明を細々と続けている。この宇宙の何処かに、人類と友人関係を結ぶことのできる知的生物は存在するかもしれない。しかし、この135億年の一体何処で遭遇できるのだろう。地球に生物が生まれてから38億年、人類が生まれてまだ数万年だ。

 既にすれ違ってしまったかもしれないし、あるいは数十億年の未来なのかもしれない。ビッグバンのなかで、銀河は離合集散を繰り返し、星々はその激しく翻弄される宿命と寿命の中で栄枯盛衰を繰り返す。

 人類が送り出した惑星探査機の幾つかは、人類のメッセージを携えて太陽系を出ていった。誰が拾うのか、何処に漂着するのか。


 

宇宙の果て

 投稿者:meiro  投稿日:2016年 1月29日(金)17時49分42秒
   地球から見える最遠の天体は、約135億光年の彼方にある。それは言い換えれば、今から135億年前の輝きが、今地球に届いている、ということと、それよりも過去の光は届いていない、ということだ。さらに言い換えれば、宇宙の年齢そのものが、約135億年だということだ。なぜなら、それ以前に「光」さえも生まれていなかった、ということだからだ。

 135億年前のある日、「宇宙は生まれた」ことを、135億年前に「ビッグバン(大爆発、big bang)」が起きた、と言う。それ以前には、「何も無かった」。やがて宇宙を形成することになるガスや塵などの、物質の欠片や種さえも、何も無くすべては無限(夢幻)の真空だった。
 それが、何の起爆剤も、何の材料も無いままに、135億年前のある瞬間に起きた大爆発(ビッグバン)によって、私たちの今に繋がる全てが始まり、全宇宙の破壊的な目覚めが弾けた。


 地球から観測できる最遠の天体は、約135~138億光年の彼方にある。それは言い換えれば、
■1.今から135億年前の輝きが、今地球に届いている。
   (見えている姿は、その135億年前の姿)
■2.そして、それよりも過去の光は届いていない。
   (もっと遠くには、何も見えない=何も無い)
ということだ。

 さらに言い換えれば、宇宙の年齢そのものが、約135億年だということだ。なぜなら、それ以前には「光」さえも生まれていない、ということだから。

 135億年前に「宇宙は生まれた」ことを、135億年前に「ビッグバン(大爆発、big bang)」が起きた、と言う。

 それ以前は……「何も無かった」。

 やがて宇宙を形成することになるガスや塵などの物質の欠片がまだ無かったというような話ではなく、陽子や電子や中性子といった物質の種さえも何も無く、すべては無限(夢幻)の真空だった。

 つまりビッグバン以前には何も無く、宇宙さえも無くて、宇宙は、いきなり噴出した……。何の起爆剤も、何の材料も無いままに、135億年前のある瞬間に起きた大爆発(ビッグバン)によって、私たちの今に繋がる全てが始まり、全宇宙の破壊的な目覚めが弾け、宇宙は亜光速で膨張し続けていった。

 誰もその瞬間を見た知性は居ないし、誰もそれを物語ることが出来ない。

 しかし、地球の知性(人類)が現在観測している135億光年彼方の深宇宙の像は、まさしくそのビッグバンの、宇宙誕生の姿であり、我々は、その物語を辿っている。


 

鳩ポッポ

 投稿者:meiro  投稿日:2016年 1月29日(金)00時12分53秒
   『ポッポッポー、鳩ポッポー、……♪』

という童謡があって、だから僕らは小さいときから「鳩はポッポッポーと鳴く」と思い込んでいて、けれども実際には鳩はそんな鳴き方はしない。

 いくら何でも鳩がそんな鳴き方なんかしないことは分かっているのに、それでも「鳩はポッポッポーと鳴く」と信じ込んでいる……というような、何だか人間の認識力って、気をつけていないと基礎構造は本当はボロボロなんじゃないのか。

 鳥のさえずりや鳴き声が人間の耳にどのように聞こえるか、それを「聞きなし」というらしいのだが、たとえば、ウグイスのさえずりを「ホー・ホケキョ」と「聞きなし」てきた、ということだ。

 さて、鳩の鳴き声なのだが、僕の散歩コースにキジバトの夫婦をよく見かける。僕には「ポポー・クークー」と聞こえるように思う。ちょうど7音なので、今度短歌に使おうと思っていた。

 でも、念のためキジバトの動画を調べて見ると、「デデー・ポッポー」というキャプションが入った動画を見つけてしまった。これも7音だし、何となくそういうふうにも聞こえる気もするので、
「ポポー・クークー」
でも
「デデー・ポッポー」
でも、どちらでも短歌には使えるのだが、僕は自分の聞きなした「ポポー・クークー」を使いたい。(まだ短歌は出来てないのですけど……)

 ついでに、「鳩に餌をやらないでください」と看板が出ている広場に群れ集まっている鳩は「ドバト」で、これは「ポッポ」とは鳴かずに、僕の聞きなしでは「クック・ドゥードゥルドゥー」に聞こえる。その「クック」の部分を「ポッポ」と聞きなす人はいるかもしれないが、このドバトは「ポッポッポー、鳩ポッポー、……」で歌われる鳩ではない?


 

短歌詠

 投稿者:meiro  投稿日:2016年 1月14日(木)00時45分40秒
   昨年の9月頃から、幾つか短歌を作ってきました。ほぼこの掲示板で紹介済みですが、少し言葉を詠み直した歌もあり、数ヶ月にわたっているので、ここでまとめておきます。こうやって並べると、サ行とかカ行・ナ行などの音感のリズムにこだわっているような気もします。

 どういう風に詠めばいいのか、自分なりに考え、自分の気持ちを追いかけていきたいと思っています。「あっという間の半分しかない余生」という時間を使って。

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■チリ地震 海波大洋超えて来し 真白に霞む紀淡海峡
○ちりじしん かいはたいよう こえてこし ましろにかすむ きたんかいきょう

■チリ地震 遠く海波の旅路あり 紀淡海峡真白に霞む
○ちりじしん とおくかいはの たびじあり きたんかいきょう ましろにかすむ

■天空高く水平滑空鳶飛び 紀淡海峡雨降り続く
○てんくうたかく すいへいかっくう とんびとび きたんかいきょう あめふりつづく

■海峡は船が行き交ふ ほの赤き花弁散り敷く山茶花の坂
○かいきょうは ふねがゆきかう ほのあかく かべんちりしく さざんかのさか

■クスノキにティリュルジュルルグひとり鳴く ヒヨドリあはれティリュージュルーギュ
○くすのきに てぃりゅるじゅるるぐ ひとりなく ひよどりあわれ てぃりゅーじゅるーぎゅ

■クスノキにヒヨドリふたり鳴き交はす ツィーヨチィーヨふたりは愛し
○くすのきに ひよどりふたり なきかわす つぃーよちぃーよ ふたりはかなし

■アキアカネ群れを散らされ舞い戻る 縄張り守らむとギンヤンマ飛ぶ
○あきあかね むれをちらされ まいもどる なわばりまもらんと ぎんやんまとぶ

■リハビリと珈琲終えし帰路の我に 夕焼け燃ゆる大満月
○りはびりと こーひーおえし きろのわれ ゆうやけもゆる すーぱーむーん

■指と指絡め絡めてリハビリの 解し解され痛苦を耐へて
○ゆびとゆび からめからめて りはびりの ほぐしほぐされ つうくをたえて

■国の形ねじ曲げられし片隅に 去年のセイタカアワダチソウ咲く
○くにのかたち ねじまげられし かたすみに こぞのせいたか あわだちそうさく

■愛恋の遠き記憶に童子歌ふ『どうぞわたしを忘れて欲しい』
○あいれんの とおききおくに どうじうたう どうぞわたしを わすれてほしい

■Love is blind 出逢いの錯誤は燃え上がり ジャニス・イアン燃え焦がるる
○らぶいずぶらいんど であいのさくごは もえあがり じゃにすいあん もえこがるる

■冬陽射 真昼の真青の西辺に 霞み消えゆく下弦の月の
○ふゆひざし まひるのまさおの にしのべに かすみきえゆく かげんのつきの


 

新年のご挨拶

 投稿者:meiro  投稿日:2016年 1月10日(日)14時36分46秒
  新年のご挨拶が遅れてしまいました。

明けましておめでとうございます。

「おめでとうございます」といって良いのかどうかはひとまずおいて、新年に近くの『海神社』で引いた御神籤は何と「凶」でした。ふー(溜息)。

 後で調べて見ると、今年の御神籤は、「凶」を少なくし、「大吉」の上に「大大吉」を置くなど、できるだけ笑顔を多く引いてもらえるようにしたという記事がありました。ふー(溜息)。まぁいいや、今年は慎ましく過ごします。

今年の年賀状には、こんな挨拶を書きました。

半年間リハビリに通っていましたが、年末をもって「卒業」することになりました。
還暦を超え、振り返ってみればあっという間でしたが、残りの人生はその「あっとい
う間」の半分しかなくて、どんな日々になるのか、不安と期待とが半々です。


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 1月3日、正午頃に散歩に出かけると、空気は肌寒かったのですが、青空に太陽が眩しく、冬陽射しは温かく、冬の太陽の恩恵を感じていました。この日は、下弦の月が見えている筈でしたので、昼の月を探しました。

 その太陽とちょうど直角方向の西空低く、家並みの間近に、その辺りに月がある筈だと探していると、空の色に溶け入りそうな様子の朧気な表情の下弦の月を見つけました。(普通、下弦の月は、夜半から明け方ころに見る月です。)

■冬陽射し 真昼の真青 西辺に 霞みて消ゆる 下弦の月

○ふゆひざし まひるのまさお にしのべに かすみてきゆる かげんのつき

 

灯をうつす

 投稿者:meiro  投稿日:2015年12月23日(水)23時29分56秒
  こんな話が私の所にも伝わってきました。
話自体は、『世界は変えられる』(七つ森書館)にあるらしいのですが、
とりあえず、ここに転載しておきます。

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★何が大切なのか……考えてほしいこと

シアトルで行われた、スペシャルオリンピックスでのこと。
九人の選手たちが、100ヤード走のスタートラインに立った。
選手は全員が心身障害者だ。

号砲とともに、全員がスタート。
全力疾走とはいかないものの、ともかくゴールを目指し、
勝つために走ろうという意欲が感じられた。

ところが、一人の少年がアスファルトにつまずき、二回も転んで泣き出した。
残る八人は、少年の泣き声を聞くと、スピードをおとして振り返った。
そして全員が向きを変えてコースを戻っていったのだ。
八人の選手全員が・・・

一人のダウン症の少女は、かがんで少年にキスをし、
「こうすると痛くなくなるわ」と言った。
そして九人で腕を組んで、ゴールまで歩いた。
競技場にいた人たち全員が立ち上がり、声援がしばらくの間やまなかった。

そこに居合わせた人たちは、今でもこの話を口にする。
なぜ?

なぜなら、心の奥深くで、だれもが次のことを知っているから。
今生で大切なのは、自分が勝つなどという小さな目標ではないこと。

たとえそのために、自分のペースをおとし、進路を変えることになろうとも、
他者を助けることこそが大切だということを・・・

もしあなたがこの話を転送してくださったら、
私たちのハートが変わったように、
新しい誰かのハートを変えることができるかもしれません。

「ろうそくが別のろうそくに灯をうつしても何も減りはしない」


 

仮名遣い

 投稿者:meiro  投稿日:2015年12月22日(火)23時26分16秒
   12月になって、リハビリに通うのが週に1回、金曜日だけになっています。6月から始まって、週3回だったのが8月くらいから週2回と段々減っていました。指が「痛くなくなった」という程でもないのですが、始めの頃と比べると、日常生活には何の支障も無くなっています。
 そして、次回のクリスマスの金曜日が、今年最期で、半年以上にわたったこのリハビリの最終日となってしまいました。

 リハビリのスタッフ(理学療法士)さんや病院のスタッフ(看護師)さんたちに「長かったけど、ようやく卒業ですね」と言われています。あとは、自分で手指を揉み解す習慣を身につければいいのだろうと思います。


■閑話休題(日本語の歴史)■==========================

 さて、最近私は「日本語の歴史」について、いくつかの話題を勉強しています。というより、新しい分野について始めの一歩から入っていくよりも、今まで興味があって、何度も感動や納得を体験してきたことについて、ゆっくりとその奥地に入り、そこに見えてくる様々な景色を含めた全体像を、自分の感受性を共感させていければ、と思っているのです。それが、例えば拙い短歌だったり、日本の言葉の歴史だったり、それらを包み込むアニミズム的な世界像なのだろうと私は感じています。

 振り返ればあっと言う間の人生だったけれど、今後の人生はその「あっと言う間」の半分もない、という時間を焦らずゆったりと過ごすためにも。生活の外側ではきな臭い政治の騒音が喧しいけれど、それにも注意を払いながら……。

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 ごく具体的な例をひとつ。

「私は学校へ行く。」

これをどう読む(発音する)かというと、
「私わ学校え行く。」

 でも、戦後定められた「現代仮名遣い」(昭和21年1946・内閣告示)によれば、

『仮名遣いは発音通りとする』

となっています。だからこの文章は、読み方通りに書くのが正しい、ということになります。しかし

『発音を優先するが、助詞の「は・へ・を」は、発音が「わ・え・お」であっても「は・へ・を」と書く』

ということに、つまり、助詞の「は・へ・を」については「歴史仮名遣い」のまま通用すると定められいます。

 この「現代仮名遣い」は、昭和61年(1986)に再度改訂されましたが、助詞の「は・へ・を」についてはそのままです。

 この仮名遣いの改訂で、「氷(こほり)」は「こおり」となり、「○○通り(とほり)」は「○○とおり」となりました。さらに、美しい「香(かほり)」の響きはただの「かおり」となりました。その一方で「高利(こうり)」「功利(こうり)などはそのまま「こうり」で書き、「道理が分からない」の「道理」は「どうり」です。

 間違いやすい例をあげておきます。

仰せの通り(おおせのとおり)、頬(ほお)、凍る(こおる)、炎(ほのお)、行李(こうり)……etc.

 ところで、この1946年内閣訓示の「現代仮名遣い」は、いろんな問題を含んでいて、万葉の時代以降、文字を持たなかった日本人が驚異的な努力の末に打ち立ててきた漢字交じり仮名文の伝統を破壊し、崩壊させた、と言われています。

 例えば
「富士には藤の花が似合う」を旧仮名遣いで書くと
「ふじにはふぢのはながにあふ」
です。富士は、万葉仮名で「布自(不自、布士、布仕などもある)」が当てられ、藤は「布治」が当てられています。「自(じ)」と「治(ぢ)」が異なるのは、当時、発音がはっきり異なっていたからです。だから、万葉仮名を用いるときに、その区別は誰にもはっきり分かっていた。それが、平安後期に日本が戦乱に巻き込まれると、言葉の発音も混乱し、曖昧になっていったのです。

 藤原定家の平安末期にはかなり乱れていて、だから定家は、当時の京都アクセントを元に、「下官集」という「仮名遣い」規範を作りました。そしてそれが、何度も批判に晒されながらも、数百年の命脈を維持して、江戸前期の国学者契沖によって作り替えられて、そのまま「歴史的仮名遣い」として明治政府によって日本語の正書法になりました。そこには、万葉の時代から連綿と伝えられてきた文字と発音の正書法が、何とか伝えられていたのです。
 明治・大正・昭和の文豪たちは、この明治政府の正書法「歴史的仮名遣い」によって書いていったのでした。そして、そのほとんどは、今でも手に取ることができ、読むことができます。

 と言うより、できるはずだったのです。1946年の内閣告示「現代仮名遣い」までは。今、それができなくなろうとしています。今、本屋に入って、例えば夏目漱石の文庫本を開いてみると、十中八九、「現代仮名遣い」に改竄されています。そうしないと、「昔の言葉で書かれているから読めない」という意見が多く寄せられる、とのことなのです。それは同時に、明治期の文豪たちが橋渡しをしてくれていたはずの古典への幽玄な入り口が閉ざされようとしている、ということなのではないか、と私は思います。


 

曇り空の流星群

 投稿者:meiro  投稿日:2015年12月15日(火)02時19分7秒
   30分ごとに外に出て空を眺めていましたが、やがて1時頃にはオリオン座すら見えなくなり、冬の大三角形も雲に隠れてしまう、という状態になってしまいました。雲を通して明るい流星が時折飛んではいたようなのですが、この天気では「流星群」ではなくて、本当の雨が降ってきそうでした。

 13日夜には、明るくて長い流星が2個見えました。14日夜にも、雲の晴れ間にオリオンを流れ落ちる1個と、シリウスの近くにサッと現れて消えた1個がありました。明日(15日)夜も曇りのようですが、15・16と、諦めずに見ておこうと思います。

 

13歳の誕生日

 投稿者:meiro  投稿日:2015年12月12日(土)22時29分44秒
   2002年の12月12日に、このHPを開設(公開)しました。だから、今日は、迷路の森13歳の誕生日です。

 二十歳前後から書き溜めていた作品をまとめようという動機と、この掲示板に書き込みながら何かまとまったものを考え続けていきたいという動機と。

 13年間、いろんなテーマで書き散らかしてきて、でもそれなりに「想い」は深まったかな、と感じています。これからも、歩みは続けていきたいと思っています。


 

「日本」の読み方

 投稿者:meiro  投稿日:2015年12月 7日(月)18時09分12秒
  日本語の表記の仕方の歴史について、図書館から借りた本を読んでいます。

『知らなかった! 日本語の歴史』
  (浅川哲也著、東京書籍2011年8月刊、\1600、p333)
より、p264~に書かれていた「日本」の読み方の歴史が興味深かったので、少しまとめてみました。

 日本の国名は、もともと「やまと」です。
『万葉集』の音仮名・訓仮名では、和語「やまと」は
「也麻等、夜麻登、夜末等、夜万登、山跡、山登、山常、八間跡」
など、多彩な表記がされているのですが、
これらの音仮名・訓仮名の他に、同じ『万葉集』では、
「倭」、「和」、「日本」
という漢字表記でも「やまと」の読みをあてています。

■「倭」→「和」→「大和」

 『三国志』(3世紀)の「魏書・烏丸鮮卑東夷伝・倭人条」(=「魏志倭人伝」)によると、女王卑弥呼(?~3世紀中頃)の日本は、中国王朝によって「倭」という国号(倭国)で呼ばれていました。その後7世紀まで400年もの間、日本は和語の「やまと」に漢字「倭」をあてていましたが、「倭」が中華思想における蔑称であることから、670年、天智天皇の時、「倭」と同じ音でありながら意味が良い漢字「和」を国号とし、さらに757年には、「和」に尊称の「大」を付けて「大和」と書き、「やまと」と読むようになりました。
 10世紀(945年)の『旧唐書』には、「倭人」が「倭」と呼ばれることを嫌った、とあります。

■「日出処」「日の本」

 656年に成った『隋書』の記録によると、聖徳太子(574~622)が、遣隋使(小野妹子)に持たせた国書に日本のことを「日出処」と書いたという有名な話があります。
【日出処天子至書日没処天子無恙云々】
  (日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す。つつがなきや…)
そして、これを受け取った隋の煬帝は激しく怒ったとか。

 「日出処」は、「大和の国」の枕詞でもある「日の本」と同様の発想で、日本への美称です。

■「日本(やまと)」

 「やまと」と読む漢字表記にはこれらとは別に「日本」がありました。701年の『大宝令』以後に使われ、704年の遣唐使では、正式文書に国号として「日本」が使用されています。

■「にっぽん」と「ジパング」

 「日本」という漢字表記は、「やまと」と読まれていたわけですが、後に漢語のように音読みされるようにもなりました。漢語としての「日本」は、呉音では「ニチ・ホン」、漢音では「ジツ・ホン」ですが、その「ツ」の中国式発音は「tu」ではなく子音だけの「t」なので、後に続く「ホン」の前で促音化して、「ニッポン」「ジッポン」と発音されることになります。マルコ・ポーロの『東方見聞録』で伝えられた「ジパング」は、「ジッポン国(kuo)」からの変化だろうと言われています。そしてこれが、『ジャパン』の語源と関係があります。

■「にっぽん」と「にほん」

 「やまと」「ひのもと」「にっぽん」など、日本の呼称(読み方)は様々に変遷しましたが、1889年、明治22年に『大日本帝国憲法』が制定され、「だいにっぽんていこく」が国号として定められ、「日本」の読みは「ニッポン」が正式なものになりました。
 それが、1946年(昭和21年)公布の『日本国憲法』では、国号が『日本国』となったのです。しかし、その読み方は定められなかったので、『日本』が「にっぽん」なのか「にほん」なのか、正解は無い、ということになっています。(ただ、郵便切手には「NIPPON」とあり、紙幣の裏には「NIPPON GINKO」とあります。戦中戦後に発行された小額紙幣には、「ニ」「ホ」「ン」という隠し文字が模様の中に隠されていました。)

 

ふたご座流星群の見方

 投稿者:meiro  投稿日:2015年11月30日(月)21時16分13秒
   前回書き込みで、大切なことを書き損ねていました。
つまり、一体いつ、どこで、どこを、どう見ていればいいのか、
ということです。

■いつ

○:一番いいのは、12月14日夜20時頃から深夜まで。
△:14日が雨の場合、13日、16日を予備とする。

■どこで

○:できるだけ広範囲に空が見える場所。
「ふたご座」はオリオン座の西隣の星座で、深夜にはかなり空高く登ってくるが、
ふたご座がどれか分からなくても、ふたご座が見えなくても大丈夫。

■どこを、どうやって

○:夜空を広範囲で眺めておく。
暗めの流星まで入れると、ほぼ2~3分に1個と言われているが、
街の灯りや、見える空の画角とかの関係もあり、せめて15分は眺めていよう。
見えた流星が「ふたご座流星群」に属するかどうかは、
その流星がふたご座の方から飛んできたかどうかで判断する。

■幸運を祈る!


 

ふたご座流星群のお知らせ

 投稿者:meiro  投稿日:2015年11月30日(月)20時55分54秒
   来月半ば、12月15日夜明け前早くを中心として、13日~16日あたり、夜空に注目していて下さい。「ふたご座流星群」が、今年は最高の条件でやって来るという予報が出ています。月明かりもなく、ピークが日本時間の夜という2重の好条件をクリアするのは、次は約10年後とのことです。

 毎年この時期になると、地球の公転軌道は、決まって「或る領域」を通過します。「或る領域」とは、別の星が通り過ぎた後(軌道)に残していく塵やゴミが帯になって漂っている領域です。その塵やゴミが、猛烈なスピードの地球に突っ込まれ、逆に言えば塵やゴミが猛烈なスピードで地球の大気に突っ込み、眩しく輝いて消えていきます。それが流星です。

 そこにあった塵やゴミが集団で漂っているときは、それらが一気に地球大気中に吸い寄せられるので、地表から見ると、天空から光が落ちてくるように見えます。それが激しいときにはまるで雨のように見えるので、「流星群」「流星雨」と呼ばれます。

 そう言えば2001年11月19日未明に天空に繰り広げられた流星の乱舞「獅子座流星群」は、「流星嵐」と呼ばれました。この獅子座流星群の母天体は「テンペル・タットル彗星」で、この日、日本時間の19日未明に地球はその軌道に突入したのです。この時の様子は、『管理人小屋』→『星降る夜に』に書いているので、そちらをご覧下さい。そこで計算されている数値をもう一度使うと、地球が塵やゴミに突入していく速度(=地球の公転速度)は、時速約10万km(=秒速30km)にもなります。この速さでは、ゴミは(炎を出して)燃えることもできず、その高熱で大気を電離し、その強制的に電離させられた空気のチューブが輝きます。つまり、「炎は追いつけない」のです。(小林秀雄が、モーツアルトを聴きながら、「涙は追いつけない」と言いました。)

 ところで、今回のふたご座流星群の母天体は、小惑星ファエトンと考えられています。ふつう、塵やゴミを軌道に残していくのは太陽風に吹かれて自身の表面を吹き飛ばされながら旅をしている彗星が多いのです。小惑星は軌道にゴミなんか散らかしません。それなのに毎年、ふたご座流星群をもたらしてくれるのは、小惑星ファエトンは、今はもう身を削ることもなくなったけれど、かつては、つまり大昔は、彗星だったのかもしれません。

 下に掲げた写真は、記事にある「獅子座流星群(2001/11/19)」の時に撮った写真です。ちょうどオリオン座を切っています。


 

孤悲尓不有國

 投稿者:meiro  投稿日:2015年11月29日(日)23時04分3秒
   また書き込みが遠のいてしまいました。11月になってまだ1回しか書いていないので、いくつか書いてみます。

とりあえず、今日読んでいた本(柳瀬尚紀著『日本語は天才である』)に載っていた話題から。

 この表題(孤悲尓不有國)、どう読んでどういう意味なのか、という話。
実は……

■明日香河 川余藤不去 立霧乃 念應過 孤悲尓不有國
○あすかがは かはよどさらず たつきりの おもひすぐべき こひにあらなくに
(万葉集第325、山部赤人歌)
  ※明日香川は飛鳥川のこと。
  ※天武天皇が築いた飛鳥浄御原(あすかきよみがはら)の宮への恋慕を歌ったもの。

 僕が「ウッ」となったのは、「恋」が、万葉仮名で「孤悲」と書かれていること。

 もともと日本には文字はなく、伝承口伝で伝えられていた事柄を、中国から流入してきた漢字を当てはめて書き記した。やがて一音一文字が整えられて、日本の古代文学は一気に幅を広げたと言われている。それが、一説によると、9世紀頃まで続いた、と。その後、漢字は音を借りる漢字と意味(訓)を表す漢字とに別れ、音を借りる漢字は草書体へと崩され、さらに時代を経て漢字仮名交じり文の誕生へと進んでいった。そして、現代の日本文学がある。

 だから、「孤悲」という漢字が当てられた「恋」は、万葉の昔から日本人の心性の中にあり、その表現を求めていた、ということで、しかもそれは、「こひ」と発音されていた筈なんだ、ということ。万葉の昔から、人々は、人や故郷を恋しく思う時、「恋しい(こひしい)」と言い交わしていた筈なんだ。それを感じて、何だか「ほっこり」する思いが湧いてきた。

 それと、クイズみたいな戯れを万葉人は残している。「山上復有山」(さんじょうまたやまあり)という表記があって、研究者たちは悩んだそうだけれど、実は、山の上に山というのは、「山+山=出」とのことだったらしい。

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 次の話題。

 僕は池澤夏樹という小説家が好きで、最近『氷山の南』(新聞連載から文春文庫へ、2014年9月刊、\970)という長編小説を夢中になって読んだ。南極の巨大な氷山を曳航してきて、オーストラリアの乾燥した土地に水を供給する計画のために出航しようとしていた南極船に密航する少年が様々な経験を積んで成長していく話。昔の遍歴小説とか冒険小説とか、そういう小説と言ったらいいか……。

 ただ、この人の作品は、決して裏切らないので、安心して読める。

 この小説は、そんな計画は自然に反していると主張していたある女性教組への手紙で終わるのだが、その手紙の最後にこうある。

「あなたたちの反対があったためにぼくの中では混乱が増えました。
 そしてそのことをぼくは嬉しく思っています。未来というのはいつだって混乱の向こう側にあるものでしょうから。
 だからこれは一種のお礼の手紙のつもりです。ありがとうございました。」(p587)


 

パリの惨禍

 投稿者:meiro  投稿日:2015年11月15日(日)13時08分29秒
  久し振りに書き込みます。

 毎日、それぞれは小さな10分ほどの散歩に、何度か出かけています。短歌詠の言葉を探しながら。

 先日、いつも眺めている紀淡海峡が霧で見えなくて、その霧の中を貨物船や漁船が心許なげに(?)ゆっくりと航行していました。それを眺めながら、いつも通る坂道にさしかかると、坂道の一部が、前日の雨風で一斉に散ったようで、山茶花のピンク色の花弁で覆われていました。

 それを見て、その散歩を終え、言葉を探しながら帰りました。ひとつ詠み、それをもとに改作をしました。

海峡に船の行き交ふ ほの赤き花弁散り敷く山茶花の坂
○かいきょうに ふねのゆきかう ほのあかき かべんちりしく さざんかのさか
海峡は船の通い路 山茶花の花びら散り敷くほの赤き坂
○かいきょうは ふねのかよいじ さざんかの はなびらちりしく ほのあかきさか

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閑話休題

 フランス(パリ)が大変なことになっています。その実情を調べていると、こんな言葉(訴え)に遭遇し、ぐっとそれを呑み込まされ、何も言えない気分になった。

「敬愛するパリよ、貴女が目にした犯罪を悲しく思います。
でもこのようなことは、私たちのアラブ諸国では毎日起こっていることなのです。
全世界が貴女の味方になってくれるのを、ただ羨ましく思います。」
2015/11/14 シリア出身UAE在住の女性アナウンサー

http://tr.twipple.jp/t/a4/665424613556535296.html

 ブッシュの「AかBか!(敵か味方か!)」という論理破綻から始まった戦争から一直線に続く憎悪の連鎖、呪いや怨嗟の絡み合いに、一体どのような断絶があり得るのだろうか。あり得なくても、何処かに無ければならない。

「萩原朔太郎『氷島』漂泊者の歌」より
石をもて蛇を殺すごとく
 一つの輪廻を断絶して
 意志なき寂寥を踏み切れかし


 でもこれは、朔太郎が個人的に背負った孤独で内的な鬱屈の爆発の表白だ。
 同じ「孤独で内的な鬱屈」であっても、そして何の断絶の証にもならなくても、次の短歌は清々しい。

香川ヒサ歌集『ファブリカ』より
神はしも人を創りき神をしも創りしといふ人を創りし
人はしも神を創りき人をしも創りしといふ神を創りし


 

地球は最古参の星

 投稿者:meiro  投稿日:2015年10月24日(土)16時05分2秒
   本当に心震える記事を見つけた。

http://www.astroarts.co.jp/news/2015/10/23exoplanets/index-j.shtml

 記事は『astroarts(アストロアーツ)』(上に提示したURL)にあるからそれを読んでいただくことにして、僕が「心震えた」のは、その記事が僕の中で、以下のような想像へと心が羽ばたいたからだ。

 この宇宙(銀河系だけでなく、銀河系外の宇宙も含めて、全宇宙)は、誕生してから130億年経っている、と言われている。つまり、今から130億年前に、ビッグバンと言われる大爆発があり、その瞬間から、何も無い「無」の中にこの宇宙が誕生し、それ以来加速度的に膨張し続けている。今はまだ、私たちは果てしない宇宙の最深部に電磁波の雑音を観測することができ、それが大爆発の名残だと解釈している。
 やがて1兆年もすれば、この深宇宙にザワザワする雑音は宇宙の膨張によってかき消えてしまい、その頃の(遠い未来の)知性は、この宇宙の生誕の歴史を探ることができなくなり、自分という存在の来歴や由来を尋ねることができなくなるだろう。それは、どんなにか口惜しく、悲しいことだろう。

 この銀河系だけでなく、1000億個以上と言われる系外小宇宙(銀河系外の銀河)で、今も膨大な数の星が生まれつつあり、誕生した星の周辺には、その星系の惑星が生まれて来る。さらに、系外小宇宙もまた、今も今後も、どんどん生まれつつある。そして、この宇宙は、今後100兆年経っても燃え尽きることがないという。

 そういう今後100兆年を超えて、永遠の時空の中で繰り広げられる宇宙史は、実は130億年の今、まだ始まったばかりだ、と言える。まだ生まれてもいない星や系外宇宙が無数にある。

 宇宙誕生から130億年、地球誕生から46億年。だから、地球とその生物たちは、この宇宙の最古参の星であり生物なのだ。地球は、そして人類は、生まれて間もない宇宙の中にいる。

 だから、上記の記事のタイトルはこうなっている。

 地球は先駆者、生命に適した惑星9割の誕生はこれから

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閑話休題

 SFの中には、地球の発展を注意深く見守っている知的な地球外生物が居て、彼らは老成した星系で発展した知性的生物であり、チームを組んで銀河系内の知的生物の誕生と歴史を観察・記録していることになっているという設定のものがある。そして……

1.太陽系に派遣されたチームは、例えば地球人たちが宇宙へ乗り出した頃、宇宙に潜む恐怖から地球人を守るために木星辺りでバリアを巡らしたりする。

2.あるいは戦争が続いてどうしようも無くなった地球人に対して、「神」として降臨し、人々に道を示す。

3.あるいは人類の遺伝子に手を加えて、或る時以降に生まれた子どもたちを、それまでの人類(親)と決別する新たな種に創造する。

等々……。

 そういうSFの設定は、地球よりも古くて、充分に知性が理性的に発展するだけの歴史を積み上げてきた星が不可避なのだろうが、そういう星は、たぶん、残念ながらまだ何処にも無いだろう。

 というより、この地球こそが、その最古参の星なのだ。他の星の文明を観察・記録することがもし知性にとって為すべき仕事であるとすれば、それは、他の星の知性をぼんやり待望するのではなく、私たち地球人こそが、その役を負わなければならぬということになる。
 勿論、侵略してその資源を奪うための観察・記録ではなく。

http://www.astroarts.co.jp/news/2015/10/23exoplanets/index-j.shtml

 

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