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ぬるっと関西/京都編 (11)

 投稿者:雑魚  投稿日:2009年11月13日(金)07時50分51秒
返信・引用 編集済
  > 1枚目の写真(中略)何でも、西園寺家の守り神であったとか。

欝蒼とした森と池を擁し、白蛇が化けて出て来ても不思議ではない雰囲気も感じます。
その化身が 白装束に身を包んだ美女だったりすると、ちょっと嬉しいのですが(^^)

> 2枚目は、夕桂亭と読めます。粋なネーミングですね。

夕陽に映える金閣の佳さに因んだ命名だそうです。この位置関係ですと、逆光気味と
思うのですけどね。平成改元後に解体修理が行われた為、建物が新しく感じられます。

> 3枚目は…

順路途中に潜った塀です。周辺が中々良い雰囲気でしたので、何となく一枚。

============================================================================

その先の不動堂は、土産物店が隣接して軒を連ねている関係上、修学旅行生で異様に
混雑していたので、写真撮影を断念。出口となる山門から続く参道は、紅葉の際には
素晴らしい眺めとなるであろう雰囲気が、感じられました。表通りでタクシーを拾い、
今度は西を目指します。
 
    (Hitosh) 修学旅行と言えば、高校の時が京都でした。

朝暗いうちに家を出て、日の出号で、はるばるやってきました。
遠い昔のことです・・・

あれから何年経ったのだろう。
あれから何回来たのだろう、京都は。

車で来たときもそうでしたが、
一番印象的だったのは、やはり、日本橋から旧東海道を歩いて
京都に辿り着いた時でした。

この時は涙が出そうなほど、感動しました。
 

ぬるっと関西/京都編 (11)

 投稿者:雑魚  投稿日:2009年11月12日(木)10時40分2秒
返信・引用 編集済
  ▼りぃーさん:
> 私事ですが、先日愛猫が亡くなって凹む毎日…

それは御愁傷様でした。我が実家では、十数年来の愛犬が、天寿を全うして先日他界。
途端に野良猫の跋扈が目立つ様になり、自然界の掟を改めて実感しますね。

▼Hieosh様:
> 銀閣寺は、金箔に対し銀箔と思っておりましたが、実際は黒漆なんですね…

従前「元々は銀箔を貼る予定が、財政上の制約で出来ず終い」と聞きましたが「わび・
さび」に象徴される東山文化の趣旨を考えると、実際に、銀箔を貼ろうとした形跡が
無い事に鑑みても、当初から、その様な意図が無かった、という見方もある様ですね。
そうなると「銀閣」の命名は単に「金閣」との対義感覚でしょうか。

ちなみに我が入洛期間中、銀閣では大規模な改装工事中と聞き、見物は見送りました。

> 慈照寺(銀閣寺)と言えば、甲斐市にもありますね。

創建時期は不明ながら、少なくとも室町時代には、存在していた様ですね。所在地の
旧自治体名「竜王」は、同寺より湧出する「竜王水」に由来するとの説がある様です。

竜王町が甲斐市に発展解消した翌年(2005年)には「甲州市」が発足し、従前からの
甲府市や山梨市も含めると、具体的な地域の特定が難しい自治体名が甲府盆地界隈に
集中した印象です。我が地元の「日立、常陸太田、常陸大宮、ひたちなか、那珂」の
各市についても、水戸周辺に類似の市名が集中し、判り難いとの指摘がある様ですね。
 
    (Hitosh) 1枚目の写真、可愛らしい石仏に、中央奥に白蛇の塚が見えますね。
何でも、西園寺家の守り神であったとか。

2枚目は、夕佳亭と読めます。
粋なネーミングですね。

3枚目は・・・
 

◆大阪・御堂筋

 投稿者:りぃー  投稿日:2009年11月10日(火)21時10分5秒
返信・引用
  Hitoshさん、こんばんは。 御無沙汰してます。

昨日の御堂筋イチョウ並木です、黄葉は毎年12月が一番きれいですよ。
(撮影:本町2丁目付近)

ところで、また新たにブログを開設されるんですか?そんな兆候を確認しましたので
・・そうでしたら楽しみにしております。

私事ですが、先日愛猫が亡くなって凹む毎日・・気を取り直し日本写真紀行へ投稿して
元気になりたい気持ちです。

http://blogs.yahoo.co.jp/bookone54

 
    (Hitosh) 今晩は
御堂筋の銀杏、黄葉はこれからですね。
また、旬の写真、期待してお待ちしております(^_^)

新ブログ、いや、今の所開設するつもりはありません・・・

あれ、リィーちゃん、亡くなられたのですか。
それは、ご愁傷様です。
写真で、私も大分癒されておりましただけに、残念です。
 

ぬるっと関西/京都編 (10)

 投稿者:雑魚  投稿日:2009年11月10日(火)08時59分27秒
返信・引用 編集済
  > 金閣は、全く隙がありません…(^_^)鏡湖池に写る姿も絵になっております。

足利義満が、事実上の政権中枢として誇示した権勢振りの象徴なのでしょうね。

これに肖り銀閣を建てた孫の足利義政は、正室の実家である日野家や有力守護大名の
介入もあって、政治を主導できない反動から、専ら風流を嗜み、職責に対し気紛れで
優柔不断に終始し「応仁の乱」の発生と長期化、更には幕府の形骸化と下克上の風潮、
延いては戦国時代の前史を齎しています。そう考えると、建立から僅か60余年後には
奥州藤原氏が滅ぼされた、中尊寺の金色堂よろしく、壮麗ゆえの儚さすら感じますね。
 
    (Hitosh) 東山文化を代表する寺院である銀閣寺は、
金箔に対し銀箔と思っておりましたが
実際は黒漆なんですね・・・

慈照寺(銀閣寺)と言えば、甲斐市にもありますね。
 

ぬるっと関西/京都編 (09)

 投稿者:雑魚  投稿日:2009年11月 9日(月)08時13分16秒
返信・引用 編集済
  > 21歳の学僧の放火事件はショッキングでした。

自殺未遂で一命を取りとめた学僧が、数年後に収容先にて病死するまでの間、真相は
結局、明らかにされず終いだった様です。三島由紀夫の小説では、劣等感や厭世観に
苛まれていた学僧の「美の象徴」たる金閣に対する反感を、犯行の動機とする前提が
窺えますが、その金閣も犯行直前は金箔が剥げた状態だったらしく、図らずも事件が
金閣本来の華やかな美を復元する契機になったのですね。

30年振りの金閣は、晴天も相まって、浮世離れする程に豪奢な雰囲気でした。余りに
修学旅行生が多く、スナップ写真の順番待ちで、撮影に手間取りましたが、鏡池との
位置関係において、常に落ち着いた構図が得られるのは、有り難い限り。一方、昨年
訪れた天龍寺の庭園や小倉池と同様、池の澱み具合は、如何ともし難いですね。
 
    (Hitosh) 綺麗ですね。
金閣は、全く隙がありません・・・(^_^)

鏡湖池に写る姿も絵になっております。
 

ぬるっと関西/京都編 (08)

 投稿者:雑魚  投稿日:2009年11月 8日(日)09時44分39秒
返信・引用 編集済
  > ここの送り火は、鴨川の土手からも見えますね。

一昨年夏「NHKスペシャル」特集の際は、洛北高の屋上から中継しました。主要な
官立高校への合格者数が全国一となった事もある日本最古の旧制中学系の老舗からの
放映は、然もありなんですね。もっとも、終戦後は、日本最古の旧制高女を継承した
鴨沂(おうき)高校への集約を以て一旦閉校されており、旧制との決別を趣旨とする
当事の風潮が窺える様でもあります。ちなみに、京都二中を継承する鳥羽高の場合は、
1948〜84年の永きに渡り、朱雀高(府立第二高女系)の分校扱いでした。

この時の放映で、送り火が時間差点灯である事、長崎「精霊流し」よろしく、死者の
霊を彼岸の地に送り出すのが、本来の趣旨である事を知り、送り火を見届けた直後に
亡くなった若年女性の家族の手記には、色々と考えさせられました。

============================================================================

次は、大文字山麓の鹿苑寺です。足利義満の印象が強いのですが、元々は、藤原氏の
流れを汲む西園寺氏始祖が建立したもの。後醍醐天皇暗殺計画の嫌疑で西園寺公宗が
処刑され、没収されて荒廃した建物を義満が取得、一大改装を施した経緯があるとか。

明治時代末期に首相を務めた西園寺公望は同家の子孫で、政敵から、公宗の不祥事を
度々、中傷の材料に利用された様ですが、公望自身は上級公家・徳大寺家の出身です。
同窓会の大先輩に「間違いだらけのクルマ選び」で一世を風靡した徳大寺姓の自動車
評論家がいらっしゃいますが、これは「偉そうな印象」で名付けたペンネームとの事。
 
    (Hitosh) おや、金閣寺(通称)ですね・・

21歳の学僧の放火事件はショッキングでした。
本人はすぐ自殺したようですが、母も取り調べの後
保津峡で投身自殺をしたとか。

三島由紀夫の「金閣寺」や、水上勉の「五番町夕霧楼」等
でも話題を呼びました。

現在の金閣は、それはそれは綺麗です・・・ね(^_^)
 

ぬるっと関西/京都編 (07)

 投稿者:雑魚  投稿日:2009年11月 7日(土)09時57分1秒
返信・引用 編集済
  > 鴨川というと、夏の納涼床の方を思い出します(^_^)

御意。一度は試したい風物詩ですね。納涼床が設定されるのは、二条〜五条の西岸と
記憶しますが、1987年以前の三条以南ですと、地上区間だった京阪線の電車が対岸を
往来する様子も楽しめた訳で、なぜ学生時代、実践しなかったのか、悔やまれますね。

============================================================================

時間の都合で賀茂御祖神社を早々に切り上げ、今出川通を西進します。御所を過ぎて、
広大な社森や鳥居が見えると「学問の神様」北野天満宮です。御利益に肖らんとする
修学旅行生と思しき子供達が目立ちますが、ただでさえ繁忙期のこの時期に、春先の
インフルエンザ騒動の皺寄せが加わり、洛中では制服姿の中・高生が溢れていました。

嵐山電鉄北野白梅町駅前の交差点から、西大路を北上します。ターミナル駅としては
立地上の必然性があまり感じられない同駅ですが、これは以東区間を、後年開業した
京都市電の路線に譲渡した為だそうで、これとは別に西大路通沿いの軌道(1978年に
市電が全廃された際、最後まで残った区間のひとつ)も接続していました。

駅名の「北野白梅」と対を成す様に、隣接して「北野紅梅町」の住居表示もあります。
白梅に紅梅と来れば、次は「塩梅」「狼狽」かなと、他愛も無い事を考えている内に、
前方に「五山送り火」の大文字山が見えて来ました。
 
    (Hitosh) 大文字山が正面ですね。
火床が、はっきり見えます。

ここの送り火は、鴨川の土手からも見えますね。
と、つい夜の鴨川を連想してしまいます(・_・、)
 

ぬるっと関西/京都編 (06)

 投稿者:雑魚  投稿日:2009年11月 6日(金)08時21分34秒
返信・引用 編集済
  > 上賀茂神社と行われる葵祭が思い起こされます。

対を成す社名における「賀茂」と「鴨」との違いは、福島県の東白川郡と西白河郡に
通じるものを感じます。葵祭といえば、神社近所の賀茂川には「葵橋」がありまして、
上段画像にある様に、上流方向は、中々良い感じの眺めです。すぐ下流側で合流する
高野川を 河合橋(?)から眺めたのが下段画像で、雰囲気はだいぶ異なりますね。

地図表記を見ると、賀茂川と高野川がY字型に合流して「鴨川」と改称する様ですね。
一方、河川法では賀茂川上流の山間部(北区雲ヶ畑地区)から「鴨川」と定義されて
いるそうです。嗚呼、ややこしや………
 
    (Hitosh) なかなか良い眺めですね。

この鴨(賀茂)川は、京都盆地への谷口一帯を
本拠地としていた、賀茂氏に由来するようですね。

鴨川というと、夏の納涼床の方を思い出します(^_^)
 

ぬるっと関西/京都編 (05)

 投稿者:雑魚  投稿日:2009年11月 4日(水)12時16分44秒
返信・引用 編集済
  > 2枚目が北小路門、とすると 3枚目は?

確か、烏丸通と花屋町通との交差点の直前にある門(詳細不明)だったと記憶します。

約十分後に「御客さん、こんなんでどうでっしゃろ?」と案内されたのは、左京区の
賀茂御祖(みおや)神社でした。洛中にあって原生林が残る「糺(ただす)の森」を
貫く長い参道の末、この様な鳥居や門が佇む様子は、確かに、タクシー運転手さんの
眼鏡に適うだけの事はありますね。有難や、有難や(柏手)

全国各地の神社で奉られ、JFAのシンボル・マークでもある「八咫(やた)烏」は、
同社を氏神とする賀茂氏の始祖の化身とされ、鴨長明や賀茂真淵も、一族の出身とか。
同氏は陰陽師の宗家でもあり、映画やTVドラマで御馴染み「安倍晴明」は、同家の
門下生だそうです。かなりの名門なのですね。
 
    (Hitosh) おや、これは有名な下鴨神社ですね。
正しくは、賀茂御祖神社と言うんですね(・_・、)

京都の社寺の中では最も古い部類に入るとか。
紀元前からとは、歴史が違いますね・・

上賀茂神社と行われる葵祭が思い起こされます。
 

懐古園・紅葉

 投稿者:YSK  投稿日:2009年11月 3日(火)21時42分32秒
返信・引用
  お久しぶりです。今年一番の寒気が入り、関東北部の山々でも初雪となった
場所があったようですが、いかがお過ごしでしょうか。

さて、寒気が入る前、いい陽気に恵まれた1日に、小諸市の懐古園(小諸城跡)
で撮影した紅葉がたいへん素晴らしかったので、ご紹介いたします。さくらの
名所100選のひとつである懐古園は、紅葉の名所としても知られています。
まだ十分に色づいていない木もありましたので、もう少し見頃は続くものと
思われます。
 
    (Hitosh) これは見事な紅葉ですね。
素晴らしい写真、ありがとうございます。

こちらは、急に寒くなりました。
昨夜は木枯らし1号とラジオで言っていました。

でも、紅葉は未だ未だ、先のようです・・・
 

ぬるっと関西/京都編 (04)

 投稿者:雑魚  投稿日:2009年11月 3日(火)11時37分20秒
返信・引用 編集済
  > 最近、鉄子さんが増えているそうですね。世の中、変わってきました…

バブル華やかなりし頃「オヤジギャル」が持て囃された事がありましたが、世間一般、
嗜好の性差は確かに小さくなりつつある様です。この世界はまだまだ男性優位ですが、
本来「偏執」の意味を持つ「マニア」の呼称を以て一括りにされがちな、むくつけき
野郎共に混じり、著名人が公にするなど、市民権を得つつある様にも見受けられます。

============================================================================

時間節約の為、タクシーを奮発し北山方面に向かうとしましょう。途中、何処かしら
朱塗りの立派な鳥居か山門があれば、立ち寄って欲しいと、運転手に告げると、暫く
唸った挙句「ほな、東の方、迂回しますわ」

京都駅前を出て最初に目に入るのが、真宗本廟(東本願寺)の、風格ある佇まいです。
京都タワーから俯瞰すると、三角屋根の近代的な建物が殊更に目立ちますが、用途が
良く判りません。下世話ながら、公式サイトを拝見すると、我が月給相当の御布施を
相場とする別座読経の設定があります。よほど有り難い内容なのですね(^^)

走行中の車からの撮影やさかい、ピンボケ気味なんは堪忍しとくれやす(^^)
 
    (Hitosh) 東本願寺の門、立派ですね。

2枚目が北小路門、とすると3枚目は?
1枚目は御影堂門の様ですね。
 

海芝浦駅

 投稿者:雑魚  投稿日:2009年11月 3日(火)10時18分18秒
返信・引用 編集済
  > No.2694[元記事へ]

> それこそ、駅のホームだけですから。

夜景好きとしては、この駅も、安全柵を一脚代わりに、結構な「足場」になりそうな
印象を受けますが、画像検索すると案の定、同じ様な事を考えている方は多い様です。
私も改めて訪ねてみたい処ですが「グーグル」空撮映像からも窺える様に、引込線が
錯綜する隣接事業所の構内も気になる処で、行けば行ったで、立入禁止区域を目前に、
もどかしい思いに苛まれそうな気もします。

画像は、十八番の「横浜LMタワー」展望室から海芝浦方向を眺めたものです。生憎、
左側にある横浜火力発電所の排煙塔に隠れた格好ですね。
 

海芝浦駅

 投稿者:たけちゃん  投稿日:2009年11月 1日(日)21時46分44秒
返信・引用
  Hitoshさま

こんばんは。いつもお世話になります。

さて、我がサイトも11月1日をもって満6周年を迎えました。
これもひとえに、Hitosh様はじめ皆様方のご声援のお陰と大変感謝しております。
今後もマイペースで頑張りますので、更なるご声援の程 お願いいたします。

さて、7年目の第一回目の更新をし、横浜コーナーに「海芝浦駅」を公開しました。
非常に珍しい駅で、ホームのすぐ横が海で大変景色のいい駅です。

お時間のある時にでも遊びにいらしてください。

今後もよろしくお願いいたします。

http://www.h7.dion.ne.jp/~h-take/

 
    (Hitosh) 今晩は、今日は冷え込んできましたね。

貴サイト、開設してもう6年ですか。早いものですね。
これからも、楽しみにしております。

今回の写真の場所、私も行ってみましたよ。
海芝公園(小さな公園ですが)に入れないと、
なんか寂しいですね(^_^)。

それこそ、駅のホームだけですから。
 

ぬるっと関西/京都編 (03)

 投稿者:雑魚  投稿日:2009年11月 1日(日)11時39分8秒
返信・引用 編集済
  > 高さは、54.8mもあるのですね。木像塔としては、日本一の高さとのこと。

先頃、紹介申し上げた 山形県羽黒山の五重塔が 30m弱ですから、倍近い規模ですね。
新幹線から見える点も、京都を象徴する存在として強調している様に感じます。

京都タワーは、列車撮影の名所でもあります。長大な新幹線特急も、すっきり構図に
収まります。上段は東京寄りの様子で、並行する東海道線では山陰・南紀方面特急が、
折返し待ちで留置されているのが見えます。

右側に分岐しているのが奈良線。電車は京都〜奈良の運転ですが、奈良直前の木津で
関西線に合流する為「奈良線」を名乗りつつ、正式な路線区分では全区間が京都府に
属します。似た様な話として、水戸市域に達しないJR水戸線の例が挙げられますね。

中段は大阪寄りの様子で、下段は、並行在来線部分の拡大です。遥々、札幌を目指す
寝台特急が通過する右側に梅小路貨物駅が見えます。梅小路と云えば蒸気機関車館が
有名ですが、手前の公園の森に阻まれ、もう少しの処で見えません。嗚呼、口惜しや。
 
    (Hitosh) 京都タワーは、列車撮影の名所とのこと。

確かに写真を拝見しますと、
鉄男さんや鉄子さんには、たまりませんね(・。・)

最近、鉄子さんが増えているそうですね。
世の中、変わってきました・・・
山も若い女性が増えております(関係ないですか)
 

ぬるっと関西/京都編 (02)

 投稿者:雑魚  投稿日:2009年10月31日(土)07時47分25秒
返信・引用 編集済
  京都といえば、やはり東寺の五重塔ですね。1963年に京都タワーの建設が始まった際、
古都における景観保全の是非を巡り、多々取り沙汰されたのが「東寺五重塔を越える
高層建築物を是としない」という不文律だったそうです。

境内北側には、東寺や仁和寺など、真言宗系の14本山で構成する学校法人が経営する
洛南高校が隣接します。僧侶養成校としての歴史を持つ種智院大学の併設校が、畿内
屈指の進学校に変貌したのは、改革が行われた60年代以降の事。現行名「洛南」への
改称もその頃ですが、一方「洛東」「洛西」「洛北」は、何れも京都府立です。

上記14本山には奈良の西大寺も含まれます。対を成す東大寺は、真言宗でなく華厳宗。
やはり進学校として知られる東大寺学園を擁しますが、学校はむしろ、西大寺に近く、
最寄駅である近鉄の高の原駅は、京都府と奈良県の境界に跨る住宅街に位置するなど、
いわゆる「京阪奈」のボーダー・レス型の開発を象徴しているかの様です。

中・下段は稲荷山方向の様子ですが………場所が特定できません(汗)
 
    (Hitosh) お大師様の寺の五重塔は日本一!!

高さは、54.8mもあるのですね。
木像塔としては、日本一の高さとのこと。

さすが国宝と言うよりは、京都のシンボルですね。
 

ぬるっと関西/京都編 (01)

 投稿者:雑魚  投稿日:2009年10月30日(金)07時15分2秒
返信・引用 編集済
  古都観光は、前回、結局訪れず終いだった「お東さんの蝋燭」こと京都タワーからの
眺望で始めませう。地上 100mの展望室は、十八番の「横浜LMタワー」に比べれば
半分以下の高さですが、景観保護政策上の制約から、いわゆる「摩天楼」を擁しない
京都の街を眺めるには十分で、気象条件次第では、大阪の街も見えるそうです。

上段の真宗本廟(東本願寺)は、やや迂回気味に目前を通過する烏丸通りが特徴的で、
展望室に掲出された数十年前の写真では、市電も同様に迂回しており(現行地下鉄は
直線で通過)理由は判りませんが、条里制が徹底された洛中にあって独特の印象です。

中段は、本願寺(西本願寺)の方向で、後方に高雄・愛宕山が見えます。その稜線の
左下一帯が保津峡ですが「グーグル」空撮映像を見ると、京都と亀岡の盆地を隔てる
袋の締まり口は、山陰線の保津峡ではなく、国道九号線の老の坂峠という印象ですね。
右側の街中に見える小山は、仁和寺南側の雙ヶ岡(右京区)でしょうか。

下段は稲荷山の方向です。後方の山並みが、洛中と山科を隔てる稜線の延長線となり、
それゆえ洛中在住の知人は、山科界隈を、世間一般的な「京都」の地域感覚と一線を
画すべき地区と捕えている様です。

一方、蹴上の丘越えが大した難所でない為か、山科は1976年まで東山区に属しました
京都市域が一気に拡大された1931年(満州事変の勃発年)以前は、宇治郡山科町なる
独立自治体でした。編入直前の京都市は、上京・中京・下京・左京・東山の五区制で、
中京・東山区が現行区と一致する他は、叡山電鉄沿線域の大半が愛宕郡に属していた
左京区など、現在より限定的された範囲でした。

この内、左京区は上京区から、東山区は下京区から、中京区は上京・下京区境域から
折衷的に、それぞれ1929年(世界大恐慌の発生年)に分離した経緯があります。では、
洛中とは、大元の京都市域たる旧上京・下京区域の事と思いきや、然に非ず、太閤の
時代に築かれた土塁に基いた線引きを以て「洛中」「洛外」を区別したのだそうです。
 
    (Hitosh) 京都タワーからの眺め、良いですね。
お得意の鳥瞰写真、堪能させていただきました。

こうやって見ますと、京都も意外にビルが多いですね。
 

ぬるっと関西/滋賀編 (終章)

 投稿者:雑魚  投稿日:2009年10月29日(木)08時44分48秒
返信・引用 編集済
  > 明治になって、大川沿いの現会津西街道が開削されてから急速に温泉地として発展

なるほど、同じ会津若松市内でも、東山温泉に比べると、かなり後発となるのですね。
この渓谷区間に国鉄会津線が開通したのは1932年の事。温泉街南側の堰堤建設に伴い、
1980年に大規模な経路変更が行われ、芦ノ牧温泉南駅の前身となる桑原駅は、周辺の
集落と共に、堰堤湖に沈んだそうです。

> 2枚目の写真、乗客が 2,3人しか見えません…

グリーン車ですからねぇ。北陸線特急のグリーン車と云えば、1980年代後半、沿線に
温泉街が多い事を踏まえてか、この「雷鳥」に、食堂車を改造したグリーン車扱いの
四人用個室が連結されました。酒と肴の供出もあり、飲兵衛としては、一度試したい
内容でしたが、数年で廃止され、残念ながら利用出来ず終いでした。なお「雷鳥」は
新型車両への置換が進捗中で、国鉄以来の伝統的な外観が拝めるのも、残り一年ほど。

============================================================================

名残りは尽きねど、翌日から仕事なので、昼前には京都に戻り古都観光と行きませう。
 
    (Hitosh) 東山温泉も古いですね。
それこそ昔(8世紀頃)から会津の奥座敷・・
湯治場だったようですね。

近江は、名残欲しいですが、次は再び京都ですね。
どんな切り口となるのでしょう。
 

ぬるっと関西/滋賀編 (02)

 投稿者:雑魚  投稿日:2009年10月27日(火)14時42分47秒
返信・引用 編集済
  > 湖西線から撮影と言うと、この山影は、近江富士の様ですね…

この「もっこり」した山容には、確かな存在感を覚えますね(^^)藤原秀郷の大百足
退治伝説に因み「百足山」とも呼ばれる様で、節足動物の多足類が苦手な身としては、
入山は憚られます。

今回は撮影地を絞り込み、駅からロケハンで少し歩きました。琵琶湖との位置関係上、
午後にならないと順光が覚束ず、長居が出来ない身としては、いささか歯痒いものの、
実際に現地に赴いて見ると、湖面に朝日が照り映える逆光撮影も、なかなか乙でした。
 
    (Hitosh) シルエット、なかなか良いですね。

2枚目の写真、乗客客が2,3人しか見えません・・・
 

奥の寄り道 (終章)

 投稿者:雑魚  投稿日:2009年10月27日(火)14時25分52秒
返信・引用 編集済
  > 会津西街道の大内宿の家並みは見事ですね。電柱も無く、良く保存されております。

この集落、そもそも電化されたのは、いつ頃なのでしょうね。当初は、普通に電柱が
建てられるも、美観地区として整備される際、景観対策として地下に埋設された様な
印象を受けますね。この集落が 会津西街道筋だとすると、必ずしも「国道121号線=
会津西街道」という構図ではなさそうですね。街道筋から外れた、芦ノ牧の温泉街が
形成されたのは、比較的後発という事になるでしょうか。

同温泉界隈の大川渓谷が急峻な為、会津鉄道は隧道で通過しており、芦ノ牧温泉駅は、
温泉街から数km離れています。この駅が、温泉街の玄関口として、どれほど実効的に
機能しているかは存じませんが、和歌山電鉄喜志駅の「たま駅長」同様、猫が駅長の
正式辞令を受けており、相応の集客効果があったとか。鉄道と猫の組み合せと云えば、
ますむらひろしさんによる漫画を用いた、1985年公開の劇場作品「銀河鉄道の夜」を
思い出しますね。

大内宿の見物を以て、所定の旅程を総て消化。水戸への帰途は、昨年の秋に開通した
国道289号線 甲子峠を経由しました。この道路の開通により、下郷から東北新幹線や
東北道へのアクセスが飛躍的に向上しましたが、南会津地方→東京の旅客導線が元々、
自家用車で山王・尾頭両峠や塩原温泉街を経由して那須塩原駅に赴き、新幹線に繋ぐ
傾向が少なくなかった事情もあり、野岩・会津両鉄道の相対的地位が小さくなりつつ
あるのではないか、などと勘ぐるのでした。
 
    (Hitosh) 愈々、最終回ですね。

芦ノ牧温泉は、古くからあるようですが、江戸時代は
近隣の人が利用するのみの寂れた温泉だったようです。

明治になって、大川沿いの現会津西街道が開削されてから
急速に温泉地として発展した様です。
それでも、戦前は旅館は数件しか無かった由。

私が、若い時行った時も、鄙びた温泉でした・・・
(懐かしいです)
 

鞆港の風景

 投稿者:孫右衛門  投稿日:2009年10月24日(土)21時50分20秒
返信・引用
  今日は先週末訪ねた福山市鞆の画像を置いていきます。
最近、メディアでも再び報道され注目度が高まっていることもあって、これまでにない散策客の多さでした。
今回、趣向を変えて尾道港から航路で向いました。港に到着する直前の風景です。この画も橋などが架ってしまうと変わってしまいます。

http://www8.ocn.ne.jp/~kyosyu/

 
    (Hitosh) 鞆港の写真ありがとうございます。
船から見る港は、ある意味で原点ですね。

古来から内海の要港であった、面影が偲ばれます。
 

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