|
|
古都観光は、前回、結局訪れず終いだった「お東さんの蝋燭」こと京都タワーからの
眺望で始めませう。地上 100mの展望室は、十八番の「横浜LMタワー」に比べれば
半分以下の高さですが、景観保護政策上の制約から、いわゆる「摩天楼」を擁しない
京都の街を眺めるには十分で、気象条件次第では、大阪の街も見えるそうです。
上段の真宗本廟(東本願寺)は、やや迂回気味に目前を通過する烏丸通りが特徴的で、
展望室に掲出された数十年前の写真では、市電も同様に迂回しており(現行地下鉄は
直線で通過)理由は判りませんが、条里制が徹底された洛中にあって独特の印象です。
中段は、本願寺(西本願寺)の方向で、後方に高雄・愛宕山が見えます。その稜線の
左下一帯が保津峡ですが「グーグル」空撮映像を見ると、京都と亀岡の盆地を隔てる
袋の締まり口は、山陰線の保津峡ではなく、国道九号線の老の坂峠という印象ですね。
右側の街中に見える小山は、仁和寺南側の雙ヶ岡(右京区)でしょうか。
下段は稲荷山の方向です。後方の山並みが、洛中と山科を隔てる稜線の延長線となり、
それゆえ洛中在住の知人は、山科界隈を、世間一般的な「京都」の地域感覚と一線を
画すべき地区と捕えている様です。
一方、蹴上の丘越えが大した難所でない為か、山科は1976年まで東山区に属しました
京都市域が一気に拡大された1931年(満州事変の勃発年)以前は、宇治郡山科町なる
独立自治体でした。編入直前の京都市は、上京・中京・下京・左京・東山の五区制で、
中京・東山区が現行区と一致する他は、叡山電鉄沿線域の大半が愛宕郡に属していた
左京区など、現在より限定的された範囲でした。
この内、左京区は上京区から、東山区は下京区から、中京区は上京・下京区境域から
折衷的に、それぞれ1929年(世界大恐慌の発生年)に分離した経緯があります。では、
洛中とは、大元の京都市域たる旧上京・下京区域の事と思いきや、然に非ず、太閤の
時代に築かれた土塁に基いた線引きを以て「洛中」「洛外」を区別したのだそうです。
|
|