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1873年、幌内(現三笠市)に炭層が発見され、輸送経路を巡り「小樽経由派」と「室蘭
経由派」が激しく対立。対ロシア防衛策を踏まえた「小樽経由案」に基いて、1880年に、
道内初の鉄道が、札幌〜手宮(現小樽市)で開業したのも、榎本武揚の実績なのですね。
函館〜札幌の鉄道が小樽経由を嚆矢とするのは、上記事情の産物と思われますが、現在、
主要列車は全て、東室蘭・苫小牧を経由します。小樽経由より 30km ほど遠回りですが、
平坦気味の沿岸部(但し、日本海に注ぐ河川が噴火湾岸から僅か数百mの場所を流れる
静狩〜小幌の様に、極端に急峻な地形もあります)の方が、高速運転による短絡効果が
大きく、こうした「室蘭優位」は、1960年代以降に確立されています。
かくして小樽は、主要都市間連絡の導線から外れましたが、2020年以降の全通を目指す
北海道新幹線の構想では、有珠山が噴火した場合の被害にも鑑み、小樽経由が確定済み。
榎本武揚も彼岸の地で感慨に耽っているかも知れません。しかし、新函館以北の着工が
認可される見通しについては、財政上、予断を許さないそうです。
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画像は、1985年まで、南小樽駅分岐の貨物線として機能していた手宮線の跡で、駅から
運河街に向う途中の駅前通りを横切っています。現在は、事実上の公園として開放され、
地元団体では、この廃線跡のLRT転用を提唱しているとの事。
貨物線の終点だった旧手宮駅は現在「小樽市総合博物館」として鉄道黎明期に活躍した
機関車「義経号」「弁慶号」等、愛好家垂涎の車両が展示されているのですが、当日は
前夜祭の雰囲気に絆されたか、その存在を、見事に失念。今頃になって、臍を噛み砕く
雑魚でした。日光観光にて「華厳の滝」を見落とすが如く 最大級の痛恨事です(滂沱)
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