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ぬるっと関西/京都編 (27)

 投稿者:雑魚  投稿日:2009年12月 1日(火)07時43分23秒
返信・引用 編集済
  > 良い時期に、良いタイミングで撮影されましたね。決まっております。

そう仰って頂けると、物凄く得した感覚ですが、そういう事ならば、この後の行程を
調整して、私も舟に乗って置くべきだったかと、またしても痛恨(^^)

伏見のトリは、御約束の寺田屋で締めましょう。建物左側には「薩摩九烈士云々」の
石碑があり、二つある「寺田屋事件」の内、島津久光が薩摩藩内の尊王派を粛清した
1862年の出来事に因んでいる様です。寺田屋自体は、1868年「鳥羽・伏見の戦い」で
焼失しており、現在の建物は登記時期から、明治時代の復元と目されている様ですね。

近所には「かっ○っぱ〜るん○っぱ〜」資料館もありました。あの「河童姐さん」は
子供の頃から何となく憧れていましたが(^^)入ると間違いなく、午前中から飲んで
後々の行程に影響するは必至なので、未練たっぷりに割愛しました(^^)

中書島駅に戻り、大阪方面行の電車で、京都市内を後にします。
 
    (Hitosh) 寺田屋は、如何にも船宿らしい雰囲気ですね。

こんな旅籠が、大薩摩藩の定宿であったとは、
一寸意外と言うか、寂しい感じもしました・・・
 

ぬるっと関西/京都編 (26)

 投稿者:雑魚  投稿日:2009年11月30日(月)08時13分12秒
返信・引用 編集済
  > 伏見の中書島と言えば、遊郭と花町で一時は祇園を凌ぐほどであったとか。

物流上の導線を考えれば頷ける話ですが、伝統や格式が厳然と存在する京都にあって、
祇園と伏見では、客層に基く店の陣容において、少なからず差異があった事でしょう。

============================================================================

伏見の運河街では、上記の「物流導線」に大きく資した「十国舟」が、遊覧船として、
運行されているのですね。寺田屋付近の弁天橋を基点に、宇治川を含め逆時計周りで
大きく周回する内容と見受けます。
 
    (Hitosh) この伏見十石舟は、冬季は運行されないようですね。
良い時期に、良いタイミングで撮影されましたね。
決まっております。

江戸時代は三十石舟も運行されていたようですね・・・
 

ぬるっと関西/京都編 (25)

 投稿者:雑魚  投稿日:2009年11月29日(日)12時47分29秒
返信・引用 編集済
  > 蹴上と言えば…この地名は義経所縁なんですね。

調べて見ると、平家打倒を念じ、鞍馬寺を出奔した義経が、藤原秀衡を頼り奥州へと
出発した際、たまたま通り掛かった武者達の馬が「蹴上げた」水が義経の衣服を汚し、
激怒した義経が一行を斬り捨てた、という伝承がある様ですね。当事、平清盛がまだ
健在だった事を考えると「平家による監視対象」が、かくも世間の耳目を集める様な
行為に及ぶとは考え難く「判官贔屓」に基く後世の創作と見るべきでしょうか。

============================================================================

通勤・通学ラッシュの時間帯に鑑み、南禅寺の見物は割愛して、地下鉄から京阪線に
繋いで洛中を後にしたのですが、後で調べると、同寺は八時半過ぎから拝観が可能で、
もう少し落ち着いて行動すれば良かったと、またまた痛恨。

特に当ても無いまま大阪に向かうには、時間帯が早かったので、中書島で途中下車し、
蔵の街を暫く散策して来ました。建物の現在の用途は良く判りませんが、かなり良い
雰囲気でした。やはり「蔵の街」として有名な 栃木市を良く御存知の Hitoshさんは、
どの様に御覧になるでしょうか。
 
    (Hitosh) これは良い写真ですね。

伏見の中書島と言えば、遊郭と花町で一時は祇園を
凌ぐほどであったとか。
酒だけでは無かったんですね・・・

中書島って、昔の官職の唐名に由来する様ですね。
 

ぬるっと関西/京都編 (24)

 投稿者:雑魚  投稿日:2009年11月28日(土)07時47分45秒
返信・引用 編集済
  > 白川沿いも良いですねぇ…

その後、蹴上に向けて、知恩院前の交差点から三条通りまで、白川沿い(川の両側を
一方通行の小路が挟む仕様)を抜けたのですが、なるほど、確かに風情がありました。
祇園といえば、先日、晩秋の風物詩、南座の「まねき上げ」が報じられていましたね。
裏方の作業自体すら観光の対象になる辺り、古都の底力を垣間見る印象でした。

蹴上といえば、やはりインクライン軌道。我々「鉄」としては八坂神社を詣でずとも、
この「軌道詣で」は欠かせません。良く見れば、北山界隈の眺望が比較的効きますね。
先頃、近所に位置する名門高校の生徒さんが、登校時、この辺で異常発生した雀蜂に
襲われた旨、全国的に報じられていましたっけ。剣呑々々。

今度は、桜花の季節に訪ねたいものです。
 
    (Hitosh) 蹴上と言えば・・・
この地名は義経所縁なんですね。

私としては、インクライン軌道もさることながら
やはり、旧東海道の山科から日岡峠を越えた京都よりの
坂(玄関口)としての蹴上の方が強烈な印象でした(^_^)

何しろ、ここで始めて京都の町が見えたのですから。
 

ぬるっと関西/京都編 (23)

 投稿者:雑魚  投稿日:2009年11月27日(金)11時20分55秒
返信・引用 編集済
  > やはり夜がよろしゅうおす(^_^)

遊興にあいやるやけの金も持たへんのに、夜の祇園をほっつき歩くゆうのは、えらい
寂しい事どすさかい、昼間の映像やけで勘弁しておくれやす(^^)

> 祇園と言えば、新橋通の格子戸の続く家並も良いですね。

新橋通ちゅうのは、きんの掲出どした下段画像、辰巳大明神さかい、右っぺらねぎに
分岐しはる通りなんえな。そないと知っとったら、ようちびっと奥まで歩おいやした
もんを、何とも勿体あらへん事をどしたもんどす(^^)

============================================================================

四条通を横切った先の花見小路通も、運転手はんが薦めはった通りに、風情のおます
街並みどした。奥のクランクの辺りが、建仁御寺さんどす。早朝やので御寺社巡りは
割愛したんやが、いずれ改めて訪ねたいと感じる程に、祇園さんの西楼門は、風格の
おます佇まいどした。

それにしても、京言葉とは、えろう、ややこしいもんどすなぁ(^^)
 
    (Hitosh) 花見小路通も、なかなか風情がありますね。
あと、白川沿いも良いですねぇ・・・

八坂神社と言えば、この祇園は、
元々は八坂神社の門前町だったんですね。
 

ぬるっと関西/京都編 (22)

 投稿者:雑魚  投稿日:2009年11月26日(木)08時13分10秒
返信・引用 編集済
  > 名神高速が、全線開通してすぐの頃(中略)東名高速が部分開通の頃でした。

全線開通時期は、東名が1969年で、名神が1965年なのですね。東名最後の開通区間が
かの都夫良野隧道を擁する大井松田〜御殿場というのは、然もありなんですが、一方、
名神の場合、関ヶ原に次ぐ難所と思われる京阪間の関門・天王山を含む栗東〜尼崎が、
日本初の高速道として、いの一番に開通しているのですね。当事、既にSA・PAは
設置されていた筈ですが、路肩で休憩とは、実に牧歌的ですね(^^)

============================================================================

数日間に及ぶ出張業務も無事終わり、打上げが過ぎたか、軽い頭痛を抱えての最終日、
移動日の名目で休みを貰い「ぬるっと旅行」後半戦と致しましょう。やはり、祇園は
押さえて置きたいと「祇園で風景が絵になる所まで」と、朝一番のタクシーに乗れば、
昨年と同じ場所に案内されました。今回は少し時間を取り、ゆっくり見渡しましたが、
早朝で人の往来が殆ど無く、静まり返った街は、ほんに、風流どすなぁ(^^)
 
    (Hitosh) ♪しのぶ思いを振袖に
祇園恋しや だらりの帯よ

では無いですが、やはり夜がよろしゅうおす(^_^)
でも、全く人通りの無い祇園も良いですね。

祇園と言えば、新橋通の格子戸の続く家並も良いですね。
 

ぬるっと関西/京都編 (21)

 投稿者:雑魚  投稿日:2009年11月25日(水)07時54分5秒
返信・引用 編集済
  > No.2724[元記事へ]

▼Hitosh様:
> お連れの方は、京都弁の方でしょうか(^_^)

コテコテの河内弁を操る、妙齢のオッサンでした(^^)

▼りぃーさん:
> ♪京都の夜 by 愛田健二 あの歌が好きです…

君の(十年前ほどに出町柳で堪え切れなくなった時の)匂いが、いつまでも………少々
下品な過去の失態で失礼しました。あの時は 本当に辛かったです(^^)

==============================================================================

横一線の光線が名神道とすると、これは南側一帯の様子でしょうか。中段画像の右上に
城郭らしきが見えるのは、伏見桃山城?

それにしても、改めて見ると、名神道は洛中に結構接近しているのですね。京都南IC
界隈が永らく渋滞の名所だった事情も頷けます。京滋バイパスの開通は、かかる事情を
緩和する意味合いがあったのでしょうけど、気がつけば、かつての東海道に近い経路で、
三重県亀山と滋賀県草津を結ぶ「新名神」なる高速道も開通したのですね。

高速道(または、それに準じる高規格道)の昨今の路線網拡充には、日進月歩の勢いを
感じますが、現政権公約である「高速道原則無料化」に対して、JR各社が反対意見を
示したのも頷ける話です。下段画像は、そのJRの梅小路貨物駅ですが、夜景としては
ここが最も映えていた印象です。
 
    (Hitosh) 当然と言えば当然なんでしょうが、
名神高速がはっきり解りますね。

この名神高速が、全線開通して、
すぐの頃、走ったことがあります。
未だ、東名高速が部分開通の頃でした。

当時は、車が少なく、長閑なものでした。
皆、路肩で休憩しておりました(・_・、)
今では信じられない光景でした。

で、名神と東名だけなんですね、
幹線道路で、高速道路と呼ばれているのは。
他は、単に○○自動車道・・・
 

◆京都の夜

 投稿者:りぃー  投稿日:2009年11月24日(火)22時11分16秒
返信・引用
  Hitoshさん、こんばんは!

雑魚さん、京都シリーズ楽しませてもろてます。

♪京都の夜 by 愛田健二 あの歌が好きです・・

そんなんで祇園祭を投稿します(去年の画像です

http://blogs.yahoo.co.jp/bookone54

 
    (Hitosh) 今晩は
このところ、冷え込みが厳しいです。
待望の鍋と熱燗の季節ですね・・・(・。・)

祇園祭の写真、ありがとうございました。
 

ぬるっと関西/京都編 (20)

 投稿者:雑魚  投稿日:2009年11月24日(火)07時49分3秒
返信・引用 編集済
  > 酒神のご利益は、如何でしたか(^_^)夜の酒宴の結果報告が、楽しみです…

気分だけは「祇園の料亭で、舞妓はんも挙げて古式ゆかしく雅やかに」一方、実際は、
京都駅前の値頃感のある居酒屋で「慎ましく」飲んでおりました(^^)これはこれで、
気の利いた、良い雰囲気の店でしたけどね。

============================================================================

飲み終えたのが20時と、時間に余裕があったので、京都タワーで夜景を見物。やはり、
千鳥足では撮影が少々覚束ず、二枚に一枚はブレ気味と、松尾大社の霊験もそこ迄は
及びませんでした(^^)それにしても、こんな時間帯に、修学旅行生と思しきが若干
見受けられたのは、ちと意外でした。

古都ゆえに摩天楼を持たない京都市街は、夜景撮影においても、勝手が大きく異なり、
構図確保が意外に困難です。酔っていた事もあり、後で見返しても、そもそも何処を
撮影したのか良く判りません(^^)上段は東本願寺、下段は西本願寺と思われますが、
中段は烏丸五条の辺りでしょうかねぇ?
 
    (Hitosh) 慎ましく?飲んだ後に、京都タワーからの夜景撮影とは
恐れ入りました。
夜がお強いですね・・

お連れの方は、京都弁の方でしょうか(^_^)
 

ぬるっと関西/京都編 (19)

 投稿者:雑魚  投稿日:2009年11月22日(日)13時05分2秒
返信・引用 編集済
  > この薦被りにはお酒が入っているのですかね。下司の勘繰りです…(^_^)

菰の色褪せ具合から考えるに、それは無いと思いますが、案外「ビンテージ」ものが
入っていたりして。そこで「この酒は、松尾大社に○○年抱かれて熟成しました」と
売り出したら、引く手も数多かも知れません(^^)

============================================================================

南側を除く三方を、山に囲まれた京都盆地にあって、西側に山を抱える松尾界隈では、
一応「東山」「北山」に対応して「西山」という地域呼称を用いる事もある様ですが、
洛中とは桂川を隔てた地勢ゆえか、あまり馴染みがありません。その西山に陽が隠れ、
境内の大半が陰って来ました。酒神の御加護を頂いた処で、そろそろ洛中の居酒屋に
赴くとしましょう。
 
    (Hitosh) 酒神のご利益は、如何でしたか(^_^)

夜の酒宴の結果報告が、楽しみです・・・・
 

紀伊勝浦港の風景

 投稿者:孫右衛門  投稿日:2009年11月22日(日)11時27分50秒
返信・引用
  周囲の木々も晩秋の装いとなって参りましたね。
先週、紀伊半島南部に出張がありまして、那智勝浦の港近くに泊りました。温泉に入ることも無くビジネスホテルへの宿泊で全く味気ないものでしたが夜は名物マグロ料理を味わうことが出来ました。
朝の風景から。ここは湾の中の島に大型観光旅館があり、港に船が着くたびに旅行客などで賑っていました。
付近では仕入れたマグロを店内に運び入れている風景もありました。

http://www8.ocn.ne.jp/~kyosyu/

 
    (Hitosh) 紀伊勝浦に行かれましたか。

温泉は無くとも、名物マグロ料理にお酒を頂ければ、
もう充分満足です、私は(^_^)

勝浦は、私も泊まったことがあります。
若い時、写真仲間と車で紀伊半島一周をした時、
勝浦に夜着き、それから宿探しでした。

結局、何処も無く、仕方無しに駅前の小さな旅館に
泊まったことがあります。
もちろん、温泉も無く、碌な食事もありませんでした・・・
 

ぬるっと関西/京都編 (19)

 投稿者:雑魚  投稿日:2009年11月21日(土)07時40分25秒
返信・引用 編集済
  > 松尾大社と言えば日本第一の酒造神。酒の神様ですよね…

その様ですね。ここを氏神としたのが、大陸から酒造技術をも齎したとされる渡来人・
秦氏と聞けば納得です。酒の神様に相応しく、境内にはこの様な「占い」もあります。
酒好きには目移りする陣容ですが、大吉を当てた場合、好みの銘柄で一升瓶の一本も
頂けるのでしょうか(ゴックン)
 
    (Hitosh) この薦被りにはお酒が入っているのですかね。
下司の勘繰りです・・・・(^_^)
 

ぬるっと関西/京都編 (18)

 投稿者:雑魚  投稿日:2009年11月20日(金)08時06分37秒
返信・引用 編集済
  > 明治15年、京都の蕎麦屋「松葉」の 2代目が考案して人気を呼んだのが始まりとか。

現在でこそ定番メニューですが、当事としては、さぞ斬新な感覚だった事でしょうね。
久々に食べましたが、本当に美味でした。汁については、関東よりは醤油味が薄いと
言われる関西の傾向を考慮してなお、鰊を活かす為か、味付けが控え目な印象でした。

============================================================================

ひとまず洛中に戻るべく阪急電車に乗車。隣駅に到着直前、赤い大鳥居が見えました。
そうだ、松尾大社があったか。済みません、降ります降ります(^^)参道はこの様な
幟がズラリ。神社にとって、商機としての「七五三」がいかに大きな意味を持つかが
良く判りますね。
 
    (Hitosh) おや、流石ですね・・・(^_^)
夕方の飲み会の前に、松尾大社参詣とは、頭が下がります。

松尾大社と言えば日本第一の酒造神。
酒の神様ですよね・・・
 

ぬるっと関西/京都編 (17)

 投稿者:雑魚  投稿日:2009年11月19日(木)07時56分52秒
返信・引用 編集済
  > 1枚目の写真に写っている「京渡物語」は、如何にも京都らしいです。

過去ログを改めると、昨年11月22日付で同じ場所を写しており、Hitoshさんがやはり
好感されていますね。あの時の「赤い相合傘」は、今回はありませんでしたが。

> ここで着物を借りて、奥様とこの辺を散策されるのも乙なもんでしょう…ね(^_^)

………鋭いですね。実は下段画像の橋では、阪急嵐山駅方面から歩いて来た和服姿の
御嬢さんの一団が屯しており、なかなか華やいだ雰囲気だったのです。

一通り嵐山界隈を楽しんだ処で、渡月橋の袂に戻り、名物「鰊ソバ」で腹ごしらえと
行きましょう。夕方の知人との飲み会まで、もう少し時間があります。さて、今度は
何処に寄ろうかな………
 
    (Hitosh) この京都名物の鰊蕎麦は、昔から続いているかと思いましたら
違うのですね。

明治15年、京都の蕎麦屋「松葉」の2代目が考案して
人気を呼んだのが始まりとか。

今では、すっかり全国の蕎麦屋の
定番メニューの一つになっているようです・・・
 

ぬるっと関西/京都編 (16)

 投稿者:雑魚  投稿日:2009年11月18日(水)07時35分18秒
返信・引用 編集済
  > あれ、また保津川下りですか。優雅ですね…(^_^)

今回も好天に恵まれ、すっかり「十八番の風景」となりました。乗客を降ろした舟は、
嵐山公園(中之島地区)を擁する中州の南側を流れる、大堰川(おおいがわ/本来は
南丹から亀岡にかけての桂川の通称だそうです)に入ります。中段の画像にある様に、
上段画像の橋の下流側にある舟溜りで、起重機を用いて舟をトラックに積載、舟下り
出発地となる亀岡に搬送する様ですね。

経路となる国道九号線「老ノ坂峠」では、分水界の辺りに宅地や霊園があり、渋滞が
発生しやすい事情も窺え、行楽期の舟の遣り繰りには、御苦労がありそうです。なお、
舟をトラック回送する間に、船頭さん達は山陰線で亀岡に移動するとの事。

京都盆地と亀岡盆地を隔てる「袋の締り口」とも言える同峠の慢性的な渋滞の緩和に
資した「京都縦貫道」が開通したのは、1988年。一方、流路が国道とは完全に異なる
保津峡で、山陰線が電化複線の高規格線に移行したのが翌89年。そう考えると(昨年
11月06日付の掲出画像で示した、保津峡が開けた先の宅地に象徴される様に)亀岡が
京都都市圏としての性格を強めたのは、1990年代以降の事ではないか、と想像します。
 
    (Hitosh) 保津川下りの、舞台裏ですね。

1枚目の写真に写っている「京渡物語」は、如何にも
京都らしいです。

ここで着物を借りて、奥様とこの辺を散策されるのも
乙なもんでしょう・・・ね (^_^)
 

ぬるっと関西/京都編 (15)

 投稿者:雑魚  投稿日:2009年11月17日(火)07時50分49秒
返信・引用 編集済
  > 八幡宮は全国で 2万5千もあるのですね。

近江八幡や八幡浜など、全国に分布する「八幡」の地名も、八幡宮の所在や八幡神に
少なからず関係しているのでしょうね。もっとも、北九州市八幡東西区の前身である
旧八幡市域において、自治体名に「八幡」が登場するのは、1889年の合併の時らしく、
神仏由来と推定するには、やや「後発気味」か、とも感じます。

============================================================================

週末ゆえか「保津川下り」は、結構な頻度で続行しており、右京区側にある船着場は、
下船客で大盛況。この辺りは、高級料亭と思しきが固まっており、先月「ミシュラン
ガイド 京都大阪 2010」で栄光の「三つ星」を獲得した店も含まれています。もしや、
下船した皆様は、かかる場所でこれから会食かと、指を咥えて眺めていました(^^)
 
    (Hitosh) あれ、また保津川下りですか。
優雅ですね・・・(^_^)

3枚目の写真は、なかなかです。
 

ぬるっと関西/京都編 (14)

 投稿者:雑魚  投稿日:2009年11月16日(月)07時59分2秒
返信・引用 編集済
  > 全国八幡宮の総本宮の宇佐神宮にあるんですね。

祭神である八幡神は元々、大和から同地に移った、あるいは、歴史的に大和と関係が
深かった大神氏(近所の日出町域にある「大神」駅は、関連があるのでしょうか)の
氏神だったとか。奈良時代に道鏡が皇位継承を謀った「神託事件」にも登場する辺り、
古来より、かなりの権威があった事が窺えます。

ローマ字表記に託け、市内企業が 自社製品を輸出する際「MADE IN USA」と表記して
物議を醸したという逸話もある宇佐市ですが(^^)2005年には難読自治体「安心院/
あじむ」町が合流するなど、興味深い語呂が散見されます。

国東半島基部の山越えを控え、普通列車の本数が大きく一段落する市代表駅・宇佐は、
中心部の四日市地区と豊後高田市街の折衷的立地ですが、四日市地区への玄関機能は、
むしろ甲子園の常連校で御馴染み、柳ヶ浦駅の方が大きい様です。

駅館川架橋に手間取ったか、明治末期の約十年、終着「宇佐」を名乗った柳ヶ浦駅は、
旧海軍航空隊が近接していた事もあってか構内は宇佐駅より広く、特急の停車頻度も
拮抗している様です。人口約六万の自治体で特急停車駅が分散するのも珍しいですね。

以上、肝心の渡月橋で然したるコメントが無いので、宇佐の話題に感けました(^^)
 
    (Hitosh) それでは続いて、宇佐・・
この地名も気になります(^_^)

昔は「菟狭」だったんですね。そして「宇沙」。
日本書紀に出てくる地名だったとは知らなかったです。

八幡宮は全国で2万5千もあるのですね。
御家人たちが武家の主護神として
自分の領内に勧請した経緯が大きい様ですね。
 

ぬるっと関西/京都編 (13)

 投稿者:雑魚  投稿日:2009年11月15日(日)16時26分45秒
返信・引用 編集済
  > 調べてみますと、奈良の「猿沢の池」と大分の「初沢の池」だそうです。

猿沢は、北山を背後に控えた広沢に比べて、街中の印象が強いですね。それにしても、
地図を改めると、灌漑対策なのか、奈良盆地には小規模池沼が多い印象です。初沢は
宇佐八幡宮にあるのですね。本殿の画像を拝見すると、先に紹介した賀茂御祖神社に
比する程の荘厳さを感じます。

嵯峨野界隈には珍しい高架橋を経由し、清滝道三条交差点で、桂川の河川敷に出ます。
道路地図を見ると、そのまま桂川を渡り、物集女街道にスルー可能とすれば、桂川の
架橋頻度に鑑みても良さそうに思いますが、天下の風致地区「嵐山」界隈とあっては、
交通導線本位という訳にも行かないかも知れません。

嵯峨野は一年振りの再訪ですが、私にとって温泉宿の刺身の如く、ここを語らずして
京都を語る勿れ、という感覚です(^^)上記の交差点から遠望する構図が、渡月橋の
紹介写真としては定番ですね。山陰線「嵯峨嵐山駅」や京福電鉄「嵐山駅」よろしく、
渡月橋北側の右京区域も「嵐山」と捉えがちですが、背後に西京区域の嵐山を擁する
この構図こそ、渡月橋と嵐山の正しいあり方なのかも知れません(^^)
 
    (Hitosh) この光景は、何度見てもロマンを感じますね。

初沢池、気になり調べてみました。
全国八幡宮の総本宮の宇佐神宮にあるんですね。
初沢池にも、古代ハスが育てられているとか。
ロマンを感じます・・・
 

ぬるっと関西/京都編 (12)

 投稿者:雑魚  投稿日:2009年11月14日(土)10時40分12秒
返信・引用 編集済
  > 朝暗いうちに家を出て、日の出号で、はるばるやってきました。

懐かしい列車名ですね。姉妹列車に、小学生用「なかよし」中学生用「友情」そして
高校生用「わこうど」もありました。近鉄でも「あおぞら」が御馴染みでしたね。

中学時代の修学旅行は、他校との集約列車やバスで、伊勢・奈良・京都を回りました。
常磐線は、当事既に珍しくなりつつあった機関車牽引の編成が、イカニモでしたっけ。
京都訪問は終盤でしたが、連夜の騒ぎもあり、級友の大半は疲労困憊の末にバスでは
昼寝三昧。行程消化に終始しがちな修学旅行に「風雅」を求めるのは先ず無理として、
古都の風情を落ち着いて味わえたのは、実は昨年が初めてで「京都を本気で見るなら
一週間は必要」という旅好きの知人の指摘は、この齢にして至言と感じます。

============================================================================

竜安寺、仁和寺と京都市街北縁を横切る「きぬかけの道」を西進します。この名前は、
宇多天皇(867〜931年)が、夏に雪山を見たがり、衣笠山に白絹を掛けたとの故事に
因んだものらしく、事実なら、高価な絹を相当量用いた筈で、物凄い経費でしょうね。

地形が開けると、広沢池が広がります。元々は、平安時代の庭池が起源だそうですが
溜池起源説もあるそうな。タクシーの運転手さん曰く、紅葉の時期に西日に映えると、
筆舌に尽くし難い美しさとの事。見たいですねぇ………
 
    (Hitosh) 未だ紅葉には早かったようですね。
一寸残念でした。

北嵯峨の名所・広沢池って、
日本3沢の一つと言われているようですね。
調べてみますと、奈良の「猿沢の池」と大分の「初沢の池」
だそうです。

初沢の池は、行ったことがありません。
 

ぬるっと関西/京都編 (11)

 投稿者:雑魚  投稿日:2009年11月13日(金)07時50分51秒
返信・引用 編集済
  > 1枚目の写真(中略)何でも、西園寺家の守り神であったとか。

欝蒼とした森と池を擁し、白蛇が化けて出て来ても不思議ではない雰囲気も感じます。
その化身が 白装束に身を包んだ美女だったりすると、ちょっと嬉しいのですが(^^)

> 2枚目は、夕桂亭と読めます。粋なネーミングですね。

夕陽に映える金閣の佳さに因んだ命名だそうです。この位置関係ですと、逆光気味と
思うのですけどね。平成改元後に解体修理が行われた為、建物が新しく感じられます。

> 3枚目は…

順路途中に潜った塀です。周辺が中々良い雰囲気でしたので、何となく一枚。

============================================================================

その先の不動堂は、土産物店が隣接して軒を連ねている関係上、修学旅行生で異様に
混雑していたので、写真撮影を断念。出口となる山門から続く参道は、紅葉の際には
素晴らしい眺めとなるであろう雰囲気が、感じられました。表通りでタクシーを拾い、
今度は西を目指します。
 
    (Hitosh) 修学旅行と言えば、高校の時が京都でした。

朝暗いうちに家を出て、日の出号で、はるばるやってきました。
遠い昔のことです・・・

あれから何年経ったのだろう。
あれから何回来たのだろう、京都は。

車で来たときもそうでしたが、
一番印象的だったのは、やはり、日本橋から旧東海道を歩いて
京都に辿り着いた時でした。

この時は涙が出そうなほど、感動しました。
 

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